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2005年10月 アーカイブ

2005年10月08日

オールスターサッカー!

「2005JOMOオールスターサッカー」が今年も開催される。川崎フロンターレからもJリーグ推薦枠でジュニーニョが出場する。ジュニーニョは「Jリーグを愛し、支えてくれているサポーターの皆さんのために、他の選手と一緒になって最高のプレーを見せたい」と、サポーター思いで、頼もしいコメントを残した。彼ならきっと見ている人が感動するプレーをしてくれるはずだ。

オールスターサッカーは、Jリーグ開幕の1993年から開催された。「'93JリーグKodakオールスターサッカー」という名称で始まり、EASTチームは、川崎ヴェルディ(現東京ヴェルディ1969)、横浜M(現横浜FM)、鹿島アントラーズ、ジェフ・ユナイテッド市原(現ジェフ・ユナイテッド千葉)・浦和レッズ、WESTチームは、清水エスパルス、横浜フリューゲルス、名古屋グランパスエイト、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島で、私も運よくWESTのメンバーとして青いユニホーム11番で先発出場することができた。

J開幕の年とあって何から何まで豪華でお祭り騒ぎだった。宿泊先、前夜祭、出場給、勝利ボーナスMVPの商品までもが・・。昨年までJSL(日本リーグ)という観客がまばらな競技場でプレーしていた我々選手たちにとって、Jリーグ開幕によって環境は様変わりし、今まで味わったことのないスケールの大きさを体感した。注目されることで、プロサッカー選手として期待され、ピッチでの役割をしっかりと果たさなければいけないという責任の重さを痛感することになった。


1993年7月17日、神戸総合運動公園ユニバー記念競技場は、これまで味わったことの無い異様な雰囲気の中「'93JリーグKodakオールスターサッカー」は行われた。選手入場の際、一人ずつ紹介されピッチに送り出される瞬間、鳥肌が立ったのを今でも覚えている。清水エスパルスが中心のWESTに対し、川崎ヴェルディ(現在は東京ヴェルディ1969)横浜M(現在は横浜FM)中心のEASTとの対戦。EASTはゆっくりパスを回し個人のテクニックでじわじわとゴールに迫る。一方WESTはスピーディーな展開からチャンスをつくる。私は前半の45分をチームに貢献しようと精一杯プレーした。集中していたせいか時間が経つのが早かった。多くの観客が見守る中、スター選手たちの一つ一つのプレーは質が高く華やかだった。個性ある選手たちと同じ空間でサッカーを楽しめたことは、サッカー人として生涯忘れられない最高の思い出となった。白熱した試合は1-2で我々のWESTは残念ながら破れた。MVPはKAZU(EAST)で高級車を獲得した。

今回で13回目を迎えるオールスターサッカー。人々を感動させ、子供たちに夢を与えるプレーをきっと見せてくれるだろう。今年は大分からどんなプレーを選手たちは魅せてくれるか、今から楽しみだ!

1993/07/17 18:07キックオフ
神戸総合運動公園ユニバー記念競技場
【入場者数】42,790人 【天候】雨
【主審】マーチン・ボデナム 【副審】田中 賢二/片山 義継
WEST TEAM EAST
1 0 前半 2 2
1 後半 0
(清水)レオン 監督 松木 安太郎(川崎)
永島 昭浩/68
 
得点者
得点時間
19/三浦 知良
38/三浦 知良
チーム 選手名 番号 ポジション 番号 選手名 チーム
清水 真田 雅則 1 GK 1 松永 成立 横浜M
大阪 賈 秀全 2 DF 2 勝矢 寿延 横浜M
横浜F モネール 3 3 中西 永輔 市原
清水 堀池 巧 4 4 井原 正巳 横浜M
横浜F 大嶽 直人 6 5 加藤 久 川崎
広島 森保 一 5 MF 6 サントス 鹿島
名古屋 ジョルジーニョ 8 7 木村 和司 横浜M
清水 澤登 正朗 10 8 ラモス 瑠偉 川崎
      10 リトバルスキー 市原
清水 長谷川 健太 7 FW 9 武田 修宏 川崎
大阪 永島 昭浩 9 11 三浦 知良 川崎
清水 向島 建 11      
名古屋 ディド 15 SUB 15 菊池 新吉 川崎
大阪 和田 昌裕 12 12 北澤 豪 川崎
清水 三浦 泰年 13 13 柱谷 哲二 川崎
横浜F 前田 治 14 14 柱谷 幸一 浦和
16 SH 8
5 CK 4
9 FK 5
【MVP】三浦 知良  【敢闘賞】永島 昭浩


2005年10月26日

祝・日本代表選出!

9月27日(火)、川崎フロンターレ初の日本代表・箕輪義信が誕生した。
しかも29歳という年齢での選出は珍しく、これまで自分を高め真面目に努力してきた証しだろう。

今回、東欧遠征でラトビア、ウクライナと親善試合を行った。2006年W杯出場を決めている日本は、開催国ドイツで欧州のチームと戦うことになるため、この遠征はその準備といってもよかったのだろう。特に日本の守備陣は欧州の大柄なFWを相手に激しい戦いを繰り広げなければいけない、その対抗できる選手としてジーコ監督が注目したのが箕輪選手だった。

今シーズンJ1リーグの試合で安定した仕事をしてきた。外国人CFが多い中、特にヘディングでは負けることはなく1対1でも身体の強さを思う存分発揮した。苦手だったスピードとテクニックあるドリブラーに対しては、間合いやポジショニングなどこれまでの経験を生かし、頭を使ったプレーで相手のFWの良さを事前に消すことで、自分のウィークポイントを露呈することがほとんどなくなり安定した守備ができた。

10月6日(木)18時半(現地時間10月6日(木)12時半)、遠征先の箕輪選手から電話があった。いつもと変わらず普通に「タツルさん!元気ですか!」最初の声のトーンと口調から上手くチームの雰囲気に溶け込め、いい感じで日本代表に合流できたことが感じ取れた。話の中で彼が言った言葉は「とにかく楽しい!サッカーをするのが楽しいよ!」これが本音だと思うし、サッカー選手本来、理想の姿なのだろう。「代表に行ってどう?」と聞いてみると「初めてここに来たけど選手たちは、今相手が何を考えているのか感じ取ることができて、他の選手たちに上手く合わせることができるんですよ!今何をしなければいけないか瞬時に判断できるんで、すんなり代表に溶け込めましたよ!だからプレーしやすいしチームの雰囲気がいいんですよね!」という言葉が返ってきた。

海外組だろうと日本組だろうと目的意識がはっきりしていて、日本代表として誇りを持ち、チームとして戦わなければいけないことをしっかりと理解している。技術的な部分で能力が高いことも勿論あるが、その他のプラスαを代表選手たちは持っていると思う。サッカーはいろんな状況がある、メンバー構成、システム、相手もいる、環境など様々なことに対応し瞬時に判断してプレーしなければいけない。90分の中で一人がボールを触っている時間はとても少なく、味方や相手やボールを見て動いている時間のほうがはるかに多い。どんな状況であろうと、その状況をしっかりと把握したうえで上手く適応し能力を発揮することができる選手が、いい選手の条件の一つでもあると、あらためて箕輪選手の言葉から感じることができた。

好調のフロンターレから日本代表選手が選出されたことで、彼を目指し目標とする選手もいるだろう、チームとしていい刺激になり一人一人のレベルアップも図れるかもしれない。箕輪選手の日頃からの努力が報われ、川崎フロンターレにとっていい流れを運び、歴史に残る貴重な存在になった。最後に彼から頼もしい言葉が返ってきた。「やれると思う!こんなこと言ったら浮き足立っていると思われるかもしれないけど、そんなつもりはまったくない。でも代表でもやれると思う!」謙虚さを常に忘れず、どんな相手であろうと問題ないというJで培った実績と経験に裏付けられた大きな自信を感じさせてくれた。

結局、箕輪選手は第2戦、ウクライナとの試合に後半、途中出場した。流石に代表の試合は見ている私たちにも緊張感が伝わってくる。一人少なくしかもアウェイという不利な状況で日本は苦しい戦いを強いられた。途中ゴール前で箕輪選手が相手選手にアンラッキーなPKを与えてしまった場面もあったが、見ている限りでは堂々とプレーしていて存在感があった。力を出せたか?出せなかったのか?代表での手応えを感じることができたのか?それは初代表としてピッチに立った本人しかわからない。

日本は惜しくも破れたが、代表として箕輪選手は東欧遠征で貴重な経験を得た。今後また日本代表に選出されるかはジーコ監督の構想など判断にかかっていてわからないが、今回の選出によって箕輪選手自身、プロサッカー選手として今後、更なる飛躍に繋がっていくことになるだろう。彼ならこの経験を十分活かせるはずだ。これからも注目されることが多いと思うが、残されたJ1リーグ戦に集中し、自信を持って自分のプレーを表現し、チームのため多くのサポーターのために勝利に貢献してほしい。
箕輪選手が川崎に明るい話題を与えてくれたことは言うまでもない。

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