
6歳下の瑠伊が生まれ、生後6ヵ月でフランスから日本に引っ越した時、両親は仕事が忙しく、私はミルクをあげたり、あやしたり、よく瑠伊の面倒をみていました。本当に可愛くて、いつも私の後をついてきました。3~5歳頃になるととても活発になり、まだ柔道やサッカーを始める前だったので、有り余るエネルギーをどうやって発散させるか大変でした(笑)。
ある日、瑠伊がコップを割ってしまい、両親には内緒にしてあげたことがありました。「その代わり、私と仲良くしてね」と約束したことがキッカケで、やんちゃだった瑠伊が、私にちょっかいを出すより仲良く遊んでもらった方が楽しいと気づいたようで、それからはなんでも話し合えるようになりました。夏は学校の休みが長く、両親はそんなに仕事を休めないので、祖父母がいるフランスのブルターニュ地方の田舎の家で毎年2ヶ月ほど過ごしていました。田舎の家はリンゴの木やいろんな種類の野生の果物の実がなっていて、それを好きなだけもいで食べながら、ふたりで秘密の小屋を作って作戦会議をしたりして、“トトロ”の世界のようだったと懐かしく思い出します。「Moi aussi(僕もやる)」というのが口癖で、いつも私がやる事をやりたがりました。
私は10代の頃、雑誌や広告のモデルとして活動していたのですが、ある撮影で瑠伊がついて来た時に、面白いからということで急遽一緒に撮影したことがありました。その少し前に、瑠伊はやってみたかったからという理由で自分で髪の毛を虎刈りのように切ってしまい、やむなく坊主頭になっていました。その頃は眼鏡もかけていて、坊主頭に丸眼鏡でポーズをとる瑠伊との写真が雑誌に載った時は、思わず吹き出してしまいました。
ずっと“眼鏡に短髪”スタイルだった瑠伊が、12~13歳の頃には、髪が伸びて体型がすらっとして、眼鏡を外したら、イメージがガラッと変わりました。本人は自覚がなかったのですが、明らかな変化でした(カメラロール参照)。瑠伊はFC東京の育成組織に所属していましたが、実はフロンターレU-13のセレクションも受けていました。その日は両親の都合がつかなかったので、私が付き添って確か川崎球場まで一緒に行ったことをよく覚えています。あの頃、プロのサッカー選手になりたい、どうすればなれるのかと聞かれ、両親はその気持ちを真剣に受け止めていました。母は色んな人に話を聞き、そうやっていくつかのセレクションを受けに行ったのです。
瑠伊は16歳で渡仏し、同時期に私もちょうど大学院進学でフランスに行くことになりました。場所は遠く離れていたけれど、たまに会えることもありました。瑠伊はその後19歳でスペインに行きましたが、知り合いもいないし、言葉もわからない、初めての国で全てを自分でやらなければならず大変だったと思います。自分からは言いませんが、話を聞くと、朝5時から走り、決められた摂取カロリー、例えばオリーブオイルスプーン1杯までとか、ブロッコリーは何gなど節制しながら自炊し、勉強も続けていました。辛い時期もあったと想像しますが、本人は、まじめにやっているというよりも、「やるしかない!」というファイティングスピリットで、まるで映画「ロッキー」のようでした。たとえ、結果が見えない時期でも、父から受け継いだ武士道精神で毎日頑張っていました。普段は優しい目をしている瑠伊が、試合中は目つきがギラっと変わるのを見ると戦うマインドを感じます。

昨年一緒に食事に行った際に、私の結婚のことを話し、着ようと思っているドレスの写真を見せたら瑠伊がハグをして、「こんなに幸せなことがあって、人生って最高だね」と言って喜んでくれました。瑠伊の喜びも私の幸せだし、年齢が離れていることもあって、とても強い絆で繋がっています。今は、家族4人が久々に日本で揃って、たまに集まって一緒に食事ができることに幸せを感じています。ふたりでしょっちゅう電話もするし、面白い動画を見つけては送りあって大笑いしたりしています。もしかしたら瑠伊のそういうユーモアのある一面は、まだ皆さんに見せられてないかもしれませんね。
今、私が瑠伊に伝えたいのは、「本当によく頑張ってきたね」ということです。周囲にお世話になりながら、家族やクラブの指導者の方々、ファンの方々、いろんな人に支えられてここまできました。苦しい時も決して諦めずに、人に優しく、まっすぐで純粋な心で自分の目標に向かって走り続ける弟。すごいと思うのは、人を妬まないところ。いつも昨日の自分を越えようとしているところ。いろんな経験を経て大人になった瑠伊が、今、フロンターレという場所に辿り着いた。
瑠伊、人生は秋や冬を経て、春になるときれいな芽が息吹き、そして夏を迎える頃には鮮やかな花が咲きほこる。そうやって人生は回って行く。毎日を100%楽しんで、ハッピーな気持ちで成長を続けてください。心配したり、考えすぎたりしないで未来を信じて1歩ずつ歩いていってね。この先、また人生の秋や冬が来ても、人はその度に成長して強くなっていくものです。だから大丈夫。
フロンターレのファンの皆さんへ。瑠伊が出場してもしなくても、私たち家族はU等々力で大きな声で応援しています(因みに父は縁起を担いで試合は来ません)。私はサッカーにはあまり詳しくありませんが、スタジアムの盛り上がりの中にいるとエネルギーが伝わってきます。
あの頃、瑠伊を連れて行ったフロンターレに、また瑠伊とともに一周ぐるっと回って戻って来たような不思議な縁を感じながら、皆さんと一緒にこれからも応援していきたいと思います。どうぞ弟をよろしくお願いします。
フロンターレ選手たちも、かつてはプロを夢見たサッカー少年でした。そんな彼らにプロを目指していた日々について語ってもらう連載。 山口選手に振り返ってもらいました。
僕はフランス人の父と日本人の母の元に生まれ、6歳上の姉がいて、生後6ヵ月に家族とフランスから来日しました。ハーフではなく、“ダブル”だと思っていて、ふたつの国の文化や考え方を知れるよう両親が育ててくれたことに感謝しています。子どもの頃から体育が大好きで、走ることも球技も水泳も得意でした。プライベートで柔道や居合を本格的にやっていた父の影響で僕も幼少期から柔道を始め、小学生の時にサッカーも始めました。柔道で受け身をやっていたから、GKの動きも恐くなかったし、フィールドプレイヤーと違う色のユニフォームや用具をつけることもカッコいいなと特別な気持ちになりました。ふたつのスポーツをやりながら、勉強をしないと進級に関わる学校(フランス政府が運営するインターナショナルスクール)だったので、かなり忙しい小学生だったと思います。
そんなある日、母から「将来、何になりたいの?」と聞かれ、柔道とサッカーのどちらかを選ぶことになり、より楽しいと思えたサッカーを選んだことが最初の転機だったと思います。その時、子どもながらに「今、自分にとって大事な決断をする時なんだ」と感じたし、親からは「仕事は自分の人生の中で長い時間を費やすものだし、自分が楽しいと思えることをして幸せになってほしい」と言われました。それならサッカーだなと思って、キャリアを決めたことが今につながったと思います。
フランス人の父も日本人の母も強い人たちで、自分たちで努力してキャリアを築いてきたと思うし、お姉ちゃんは自分らしさやマイペースなところもあって、家族の存在や影響は僕にとって大きかったと思います。
中学時代は、FC東京U-15深川に所属し、練習もかなりハードでしたし、今振り返っても本当によく頑張って乗り越えたなと思います。ライバルの存在もいたなかで、ポテンシャルや身体能力を認めてもらいFC東京U-18に昇格できました。高校生になると、学校とサッカーとの両立は練習場への距離の遠さもあって、さらに難しくなりました。そのこともあって、16歳の夏に、フランスのFCロリアンU-17に行くことを決断しました。
ロリアンでは、寮で授業が受けられて、生活をしながら、サッカーもすることができました。違和感なくすぐに溶け込めたし、GKコーチからGKの心構えを教えてもらい、監督からはサッカーインテリジェンスを学んで、サッカーの戦術を含めていろんな知識を得たり、試合もたくさん見て、サッカーを深く理解をすることができました。フランスでは同じブルターニュ地方に祖父母も住んでいましたが、スペインに移籍した時には、初めて知らない土地にひとりで行く経験をしました。スペイン語も初めて習得することになりましたが、フランス語と似ていたので、単語を覚えていけば文法の理解は早く、3か月ぐらいでコミュニケーションが取れるようになりました。スペイン人の温かい人柄もあり、助けてもらって慣れていくことができたと思います。
その後も、勉強を続けたのは、サッカーに必要なことのひとつに“サッカーインテリジェンス”があるから。勉強することは、脳の働きにも影響し、サッカー以外の場面でも頭を使うことで、ピッチ上で余裕が持てたり、あらゆる情報をインプットしながら的確な判断ができるようになる。自分が成長するために何が必要か気づきを持てるようになることにも、勉強は助けになっているかなと思います。元フランス代表のロリス選手が、文武両道を体現していたことを知ったこともキッカケとなり、フランスにいた頃に自分で探してフランスのグルノーブル・エコール・ド・マネジメントというビジネススクールに入りました。通信課程も活用しながら、最終的には8年がかりで2023年にMBA(経営修士号)を取得しました。2022年からは日本に帰国して、水戸ホーリーホックに加入したので、時差もあって大変だった時期もありましたが、なんとか頑張ってやり遂げた時は、開放感がありました(笑)。
もしGKでプロを目指したいと思う人にアドバイスをするなら、自信をつけることがすごく大事だと思います。最初はもちろん技術を磨いて、その技を使って試合でチームの勝利に貢献することが目標となるでしょう。そうすることで自信がついてくるはずで、その自信をどれだけ大きくできるか。それが、将来トップレベルの選手たちと対戦した時にも、自信を持ってプレーすることにつながっていくと思います。大事なことは、その自信というのは、GKのポジションの意味合いや仕事を知ってるからこそ得られること。だから、まずはGKのやるべきことを知って理解することがスタートなのかもしれません。

1998年5月28日生まれ、東京都新宿区出身。小さい頃から柔道とサッカーをやり、GKでプロサッカー選手になることを目指す。FC WASEDA、FC東京育成組織を経て、フランスへ。FCロリアンU-17、U-19を経て、スペインへ移籍し、プロデビュー。2017年のFIFA U-20ワールドカップメンバーに選出されたほか、U-21、U-22代表としてトゥーロン国際大会に出場。





