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2008年04月 アーカイブ

2008年04月01日

ものの見方や考え方を変えること

30歳を過ぎてから、ようやく気付いたことがあります。
それは、ものの見方や考え方を変えることによって、人間としての幅が広がったり力量が上がったり、今までであれば怒っていたようなことが怒らずにすんだり、これまで行き詰まっていたことが好転していったり、というふうにいろんな事が良くなっていくということに気付きました。これに気付いた時、これまでの自分は、なんとたくさんの人に迷惑をかけていたのだろうと深く反省したし、このことにもっと早く気付くことができていれば、現状がまた違ったものになっていただろうと感じています。
1つの例を出して、書いてみたいと思います。

指導の現場において、「いくら言ってもなかなか出来るようにならない」という言葉を耳にします。自分も以前はこの言葉を使っていました。でも、それは本当にそうなのでしょうか?選手だけの責任なのでしょうか?

確かに、なかなか出来るようにならないという選手にも責任はあるかもしれませんが、性格に違いがあるように、考え方に違いがあるように、指導力に違いがあるように、出来るようになるまでにかかる時間にも違いがあるという、1人1人違うということを指導者が理解することができれば、それは決して選手だけの責任ではないということがわかります。個々に応じて、1人1人をしっかりみて指導しようと思っていながらも、実際は自分の価値観で全てをひとくくりにし、それに達していなければダメだと、決めつけた見方をしてしまっていることが多々あります。

「いくら言ってもなかなか出来るようにならない」という現象の原因をどう捉えるか。実は、この捉え方の違いが、いい指導者になれるかどうかの分かれ目になっていくような気がしています。
「いくら言ってもなかなか出来るようにならない」という原因として、見方を変えれば、指導者の説明の仕方が悪いために、選手が理解できない。だから、「いくら言ってもなかなか出来るようにならない」のかもしれません。その場合は、明らかに指導者の責任です。

もう1つは、指導者の説明の仕方は良い、選手に理解力もある、でも出来るようにならないということもあります。その場合における原因としては、たとえば今その選手は思うようなプレーが出来ていない。当然精神状態としては良くない。選手は、どうすればいいプレーができるようになるのか、もがき苦しむ中でいろんなことを考え、試行錯誤しながら悩んでいる。なのに、そんな状態の時に、たとえ客観的にみても100点満点の正しい内容のアドバイスだったとしても、聞く側である選手がそういう精神状態であれば、伝えたとしても伝わりきらない。だから、「いくら言ってもなかなか出来るようにならない」のかもしれません。

また、同様に指導者の説明の仕方も良く、選手に理解力があったとしても、その二者の間に信頼関係が構築されていなければ、いくら伝えたとしても、選手はそれを受け入れることはないでしょう。「この人の言うことなんか聞くもんか」。表向きはいい返事をしていたとしても、心でそう思われていたのでは、「いくら言ってもなかなか出来るようにならない」のではないでしょうか。相手の立場に立って考えてみることで、いろんなことが見えてきます。

こういうふうに見方や考え方を変えることによって、もっと自分の説明の仕方を工夫しないといけないな、もっと説明するタイミングを考えないといけないな、説明よりもまずは信頼関係を築いていかないといけないな、などと自分をレベルアップさせていくことができる要素が隠れていることがわかります。コーチとして選手を教えるという立場でありながらも、逆に選手から教わっているというのは、こういうことだと思います。
相手を変えようと一方的な見方ではなく、ものの見方や考え方を変えるという、自分から変わって相手を理解しようという、そういうアンテナを高く広くし、その中でレベルアップさせてもらえる要素を見逃さずにキャッチし、そこからどうすべきかを考えて実行していくという課程が、いい指導者になっていくためには必要だと思います。

このことだけに限らず、普段の生活の中には、いろんなことがあります。この例における、指導者と選手という関係だけでなく、指導者同士、選手同士、先輩後輩、仕事関係者、夫婦間、親子間など、ものの見方や考え方を変えれば、怒らずにすむこと、物事が好転していくことがたくさんあるはずです。
決して相手だけの責任ではない。自分の方にも責任はないか。こういったことを深く考えていくことが、自分という1人の人間の人間力を引き上げていくことにもつながっていくと思います。
これは、サッカーというスポーツにも応用できます。自分はこうしたいんだ、チームとしてこういうサッカーをするんだということだけにとらわれるのではなく、相手という立場に置き換えて見方を変えることによって、こうすれば相手はやりにくくなるし嫌がるな、こうすれば自分やチームがやりやすくなるな、といったことが見えてくることがあります。サッカーはシンプルでありながら、でも実は奥が深いものだなと、最近また考えるようになりました。それにより、自分はまだまだ知らないことが多いということにも気付くことができました。
サッカーについても、コーチング法についても、もっともっといろんな事を学んでいきたいと思っています。

2008年04月10日

見えない差

今回のテーマは「見えない差」です。
言葉の通り、目に見える体格、フィジカル、技術の差ではなく頭の中。感じる力や、考える力の差です。僕はこの目に見えない部分の差がスポーツ選手には大きく影響していると思います。

僕自身、学生のときから現役を終えるまで、どれだけサッカーのことを考えてきた方というと、疑問は残るが、常にアンテナは立てていたように思う。自分とは別の選手が指導を受けているときも自分のことのように感じ、いち早く理解し実行しようと考えていたし、選手同士の会話からも一番良い方向を見つけて行動しようとしていたと思う。そしてテレビやビデオなどから得た情報からは、自分の能力でできるプレーか、それとも能力的に厳しいのかなど、自分なりに理想のプレーヤーと現実の自分を考えながらトレーニングをしていたと思う。

小学生のときにはマラドーナに憧れていたが、現役を終えるときには、チームメイトにガットゥーゾといわれ、理想と大きく変わってしまった。(笑)でも自分の力を存分に発揮できる形を選手は、自分自身で気づく必要があると思う。
そのためにも、やはり感じる力、考える力は必要になってくると思う。個人としての自分、チームの中の自分、日本、世界から見た自分といったように周りとの比較も考えられると、より良い選手に繋がると思う。大人も子供も一日にサッカーができる時間、体を動かすことのできる時間は、それほど変わらない。
しかしサッカーのことを考えている時間というのは、人それぞれ大きく違うと思う。昔ジーコが24時間サッカーを考えろと言っていたことを思い出すが、人と差がつくのはこの部分が大きいように思う。

僕は指導者になってから、現役のときよりサッカーについて考える時間が増えた。選手のときに、もっともっとサッカーで頭の中をいっぱいにしていればプレーの幅は広がったと今更ながら思う。
トレーニング一つをとっても、そのトレーニングの意味をもっと深く感じられたと思うし、トレーニングが単なるトレーニングで終わらず、ゲームをイメージしながらできたと思う。ゲームの中でも相手のシステムの特徴を理解していればもっとサッカーを楽しめたと思う。
だから今サッカーをしている人達には、トレーニングはもちろんサッカーを勉強してほしい。体ではなく、頭の中でトレーニングに励んでほしいと思います。人には見えない頭の中で人一倍、努力してほしいと思います。それが自分の自信に変わり、人と見えない差を生み出してくれるのだと僕は思います。

最後に前回のコラムで、フロンターレジュニアチームについて触れましたが、彼らが一年間目標にしてきたダノンカップに優勝し、フランスで行われる世界大会に参加することが決定しました。本当におめでとう。
俺もフランスに行きてぇー…

2008年04月20日

後悔先に立たず

2月28日(木)、僕は川崎市立金程小学校の6年生の子供達に、「夢」について話をしに行きました。

夢をつかむには、いろいろな挫折がある。僕自身そこであきらめていたら、きっとサッカー選手にはなれなかったと、自分の経験を元に話をしてきました。そして話の最後に親父がよく言っていた「人の心の痛みをわかる人間になりましょう」という言葉を残し、小学校を後にしました。

子供達の前でこのような話をしたのは初めての事だったので、うまく伝わったか不安は残りましたが、初めてのわりには、上手くいったという手ごたえと、数日前からの緊張から解放されたせいもあり、午後からのジュニアの練習をすがすがしい気持ちで臨む事ができました。

練習も終わり、帰って一杯やろうかと思っていた時、兄から電話がきました。
話の内容は、「親父が倒れた。検査の結果、がんの可能性がある」というものでした。それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、涙が止まりませんでした。この事実を受け入れる事ができず、いろいろな事を考えてしまいましたが、気持ちが少し落ち着いたところで、親父に電話をしてみました。「なんだ、光(兄)から聞いたのか」と、どうやら僕には知らせるなと言っていたらしく、少しがっかりした様な声でした。
しかし、自分の体がそのような状態にもかかわらず、しきりに僕の体を心配していました。そして電話の最後に、「心配してくれる気持ちは分かるけど、仕事は仕事だ。私情をはさむな」と、親父らしい言葉で、心が折れそうな僕を一喝してくれました。

午前中の小学校で、「これからいろいろな挫折があるかもしれないけど、負けないでください」と話をしてきたその日に、まさかこのような事がおこるとは思いませんでした。

4月15日(火)現在、親父は病院の方で、がんと闘っています。
そして僕はというと、親孝行を後回しにしてきた事に、後悔をとおりこして、自分を恨んでいます。しかし、僕が下を向いて生活する事を親父は望んでいません。こういう時だからこそ前を向き、笑顔で生活しています。

これを読んでくださっているみなさん。事がおきてからでは遅い事がたくさんあります。この先後悔しないためにも、今できる事を・・・。

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