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 2006/vol.05

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 端から見てこれほど危なっかしい選手はいなかった。

 最初に彼を見たのは、まだ東北のチームでプレーしていた頃。あふれんばかりの才能が、時に抑えきれない感情でくすんで見えていた。絶対に他人に迎合する事のない孤高の存在、といえば聞こえはいい。ただ、それは独善と表裏一体のスタイルだった。判断基準は常に自己にあり、その責任の全てを自らかぶってきた。それが森勇介という選手の生き方だった。

 ムダにイエローカードをもらってきた過去の話を勇介に聞いてみた。

「俺がやられてなくても味方の時でも行ってしまう。それがしょうがないとは思わないですが、どうしてなんですかね」

 怒(いか)りを爆発させる瞬間の彼は無意識なのだという。ただ、ここで忘れてはいけないのは、感情を爆発させる瞬間の無意識と、その状態を作り出す確信犯的有意識とは実は矛盾しないという事である。感情の爆発という状態を作り出す事を、意識的に許容するからこそ警告を受けるような怒り方になる。そしてそうやって我を失うほどの怒りをぶつける事で、自己に浴びせかけられる否定的な視線。そんな形で生まれる他者との関わりを勇介は無意識に欲していたのだろうと思う。意図的な警告行為を媒体にしたコミュニケーション。不器用な生き方だった。

 そうやって人に媚びずチームの事を顧みない態度は、才能ではカバーできない欠点となっていく。2年ごとにチームを移籍した理由の大部分は、その不安定な精神状態にあったと言っていい。独りよがりなイエローカードは、巡り巡ってチームの不利益になる。その不利益が自分にだけとどまると考えていたころの勇介は、まだ子供だった。そのころの勇介には、自分は自分だという信念があった。ところが、改めて、というか今さらというか。サッカーがチームプレーだったということを勇介に認識させる事件が起きた。

 05年12月24日。天皇杯準々決勝浦和戦でのこと。すでにシーズン中に現役引退を表明していた相馬直樹にとって、この日本最古かつ最も権威のあるトーナメントが、彼のプロサッカー選手としてのキャリアの中の最後の大会となるはずだった。そんな相馬と勇介は清水東での先輩後輩というつながりを持っていた。

「ずっと第一線にいた人だから、プロとしての姿勢はすごかったし、ケガしているときもマジメに手を抜かずにやっていたのは勉強になりました」と相馬の事を語る勇介は「スゲー良くしてくれました」と同郷の先輩のことを振り返った。相馬になついていた勇介にとって、大事な先輩の引退大会である。気持ちは入った。

「優勝したかった。『相馬さん、最後までやりましょうね』ってずっと言ってきました。勝手に、一方的でしたけど」
 
ところがそんな大事な大会の大事な試合で勇介は前半のうちに2枚のイエローカードをもらい、退場してしまう。試合は0-2で敗戦。もちろんそれがあの結果の全ての理由だとは言わない。しかし影響がなかったといえば嘘になる。

「ただ試合後に(相馬さんは)『しょうがないよ』って言ってくれました。お前だってわざとやった訳じゃないだろうって」


 天皇杯での退場が、チームメイトとの関係を見直すきっかけになったとすれば、指揮官との立場を見直すきっかけが今年に入って起きている。リーグ戦を控えたある練習日のこと。練習場を訪れた相馬に対し勇介が「今季もう終わりました」と力なく告げる姿があった。聞けば前日に関塚監督に対して楯突いたのだという。それは大学生との練習試合での出来事だった。

「(対戦相手と)もみ合ったんです。肘打ちしてきたんで。一度目はわざとじゃないと思って『いいよ』って言ったんですが、二度目があったので」

 この行為に対し関塚監督は即座に勇介をベンチへ。なぜ代えるのか、と抗議する勇介に対して関塚監督は「退場モノだぞ」とだけ話したという。そんな事件があって先発落ちを覚悟していた勇介は、しかし次戦にも先発メンバーに名前を連ねていた。「退場モノだぞ」という言葉に込められた深い意味を感じ取ったのである。

 今年に入って勇介は立て続けに2枚のイエローカードをもらっている。自分を抜き去った相手に対する無意味なバックチャージだった。ただ、古巣京都との一枚を境に、彼は自らの意思でカードをもらう事をやめたという。

「ムダなやつ、文句とかではもらいたくないです。プロフェッショナルファール(そこで止めなければ1点モノという状況下における確信犯的なファール)もしたくない。もう、ホントにないと思います。(いつカードをもらうかわからないが)それでも使ってくれる。だからよけいに悪いことって言うか、自分の一時的な感情では動けないという気持ちになりました」

 彼はカードをもらう行為を正確に「悪いこと」だと認識していた。ただ、その悪いことをためらう事はなかった。そんな彼が、気持ちを入れ替えた。二人の尊敬すべき人たちとの関係の中で。

「それだけじゃないです。今チームが調子いいし、自分のせいで崩したくない、という事があります。退場とかでのくだらない形で勝てる試合を負けたりして、チームの調子を落としたくないというのはあります」

 ふと回りを見ると、情熱を傾けてサッカーに取り組む仲間がいた。そんな仲間の努力を、一時的な感情で破壊する訳にはいかなかった。「自分のせいで壊したくない」という言葉からはっきりとわかる。勇介は成長した。

 冒頭の書き出しを過去形にしたのは、勇介がもうあの未熟だった頃に後戻りしてほしくないという筆者の期待を込めているからだ。そして成長した勇介は、今季ここまで持ち前の才能を十分すぎるほどに発揮している。その働きを見たチームメイトからは日本代表に近い選手として名前が出るようにもなっているほどだ。不安定な感情という不純物がそぎ落とされた、純粋な才能を目の当たりにした我々は、今改めて彼の能力の高さを実感しているところだ。

「でもまだまだです。これが1年間続かないとダメだと思うし、一時的なものだったら過去にもあったですし。だから年間を通じて試合に一杯出れたときに、『ああ少しは成長したのかな』って思うと思います。ただ、まだまだ試合は続きますし油断はできないと思います」と発言した勇介ははにかみながらこんな事を言ってくれた。

「歌を作ってくれたサポーターの期待に応えられるよう頑張りたいです。今年は一度くらいはあんたが大賞、もらいたいです」

 その性格から流転を余儀なくされてきた才能は、フロンターレでの生活の中で純粋な才能の蒸留に成功しつつある。もちろんまだまだ油断はできないが、彼の成長がダミーではなかった事を今年一年をかけて証明してもらいたい。サッカーとは無関係なところで期待されるのは、もうやめにしたい。


闘志むき出しのアグレッシブなプレーで右サイドを駆け上がる。
不完全燃焼だった昨季の想いをプレーでぶつける。
1980年7月24日生まれ、静岡県静岡市出身。

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