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FRONTALE DIARYフロンターレ日記

1/31 (火) 2017

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川崎球場の歴史を振り返る

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富士通スタジアム川崎スタッフ

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かつて川崎球場と呼ばれた、この場所で行われた伝説のダブルヘッダー「10.19ロッテ対近鉄」戦は、未だロッテ、近鉄両ファンやパ・リーグファン、プロ野球ファンだけでなく、当時を知る多くの人々の心に強く刻まれています。富士通スタジアム川崎では、この日本スポーツ界の宝と言うべき「10.19」を、川崎の資産とも言えるこの出来事を、リアルタイムで知らない若い世代にも語り継ぎ「富士通スタジアム川崎」が「世代と世代を繋ぐ場所」として永く愛されていく為にとの強い想いから「川崎球場」関連プロジェクトをライフワークとして継続的に実施してきました。昨年3月5日に行なった「川崎球場10.19~あれから10,000日目~

イベントに200名を超えるファンの皆さんが来場されたことが、人気を物語っています。

そして今回、この「10.19」を中心とした川崎球場の歴史を振り返る、集大成的なイベントを行いました。名付けて「10.19を中心とした川崎球場の歴史を振り返る」!はい、そのままです(笑)。でもまさにそんな内容なのです。

前日かなり強く吹いた風も収まり、1月28日(土)は絶好のイベント日和となりました。朝9時の開場時には、ロッテ「ビックリマンチョコ」無料プレゼントや、10.19当時のチケットを復刻した「10・19レプリカチケット」を求める方、そして「スタジアムツアー」希望者の方などで100名以上の列が出来ていました。

今回、スタジアムツアーは各回50名でしたが、それを遥かに上回る希望者がいたため、急きょ2組に増便。第一組目はロッテ応援団の生き字引といえる、前回のツアーガイドもお願いした横山さん、そしてもう一組は支配人Tが努めました。

ツアー用に様々な資料から拝借した川崎球場時代の様々な写真や、事前にフォトコンテストでお寄せいただいた写真も加えて出力し、当時の面影を探して歩くというツアー。横山さんはもちろん、子どもの頃から川崎球場に通い詰めていたという支配人Tも負けず劣らず小ネタを披露して、笑いあり懐かしさありの大変充実したツアーだったようです。特に今回の目玉と言えるのが、スタジアムに隣接するマンション「ハウスプラザ角倉」上階をコースに入れたことでした。このマンション、一見普通のマンションなのですが、「10.19」ではとても大事な役割を果たしたのです。チケット完売で球場に入れなかったファンが、このマンションの上階に殺到し観戦していたシーンは今でも当時のドキュメント映像等で何度も使用されていることで当時を知る人にも、知らない世代にもとても知られた場所なのです。これまでも富士通スタジアム川崎の来場者の多くが「ハウスプラザ角倉」の存在を知っており「一度登ってみたい」と語っていました。そこで今回は富士通スタジアム川崎のスタッフが無理を承知で管理人さんに掛け合い、交渉を重ねて最終的に了解をいただき、ツアー参加者の皆さんを当時の景色にご案内することが出来ました。

そしてもうひとつの目玉が、ニッポン放送ショウアップナイターの実況でおなじみ、プロ野球ファンでこの方の声を聴いたことがない人はおそらくいないのではないでしょうか、というほどの大御所「松本ひでお」さんによるスペシャルトークショー。ゲストは、第二試合の八回裏に10/19を「10.19」たらしめることになる同点本塁打を放った、この年の首位打者を獲得した元ロッテの高沢秀昭氏と、この年ドラフト3位でロッテに入団した堀幸一氏のお二人。当代随一の名実況と、当時選手として10.19を体験した両氏のお話ですから、面白くないはずがありません。当時の実際の試合中継を巧みに織り交ぜながら、様々な裏話を披露してくれました。

とりわけユニークだったのが、実況松本さん、解説高沢さん、堀さんによる、高沢選手が阿波野投手から本塁打を放った第二試合八回裏の仮想中継でした。「それでは解説の高沢さん、バッターボックスの高沢選手はどう見ますか?」という松本アナウンサーの問いかけに対して「ちょっと緊張しているようですね」と高沢さんが解説するなど、まさに時空を超えた夢の中継に集まった大勢のお客さんからは歓声が上がっていました。

続いて話題は川崎球場へと移ります。

「今だから言えますが…」で始まったのは高沢さん。話が球場名物の「肉うどん」に及ぶと「よく対戦相手の選手たちが“高沢のツケで”とユニフォーム姿で肉うどん買って食べていたんですよ。だから僕も遠征時にはその選手名でツケにしてもらっていました(笑)」と時代を感じさせる大らかなエピソードを披露。堀さんは松本さんから「野次がよく聞こえていた?」という質問に対して、「野次どころかスタンドのお客さん同士の会話が普通に聞こえていましたよ」という衝撃の事実を披露。それだけ狭かったということですね。そしてここから横山さんがトークに加わります。松本さんが「これまで一番少なかった観客の数は?」と訊いたところ、「自分と相手の応援団、そしてお客さんが1人という時がありましたよ」と横山さん。すると堀さんは「スタンドが狭すぎて、ファウルボウルが場外まで飛んでいましたね。それで駐車場の選手の外車にぶつかる、と(笑)」。まあ当時は笑い話で済まなかったと思いますが…。そんな在りし日の川崎球場に想いを馳せながら、松本さんトークショーは大盛り上がりのうちに終了となりました。その後のお二人のサイン会には長蛇の列が出来たことからも、満足度の高さが伺い知れました。


そしてトークショーのトリを飾ったのは、タレントの山田雅人さんによる「野球かたり」。なんと台本なし、全てその場でのアドリブというからおどろきです。「10.19」のときは骨折をしていた金村義明選手と仰木彬監督のエピソードから始まる臨場感あふれる語り口は、まるで当時の川崎球場にいるような錯覚に陥りました。また、このかたりとコラボして更に気分を高めてくれたのが、メインスタンドに陣取った元ロッテオリオンズ内野川崎市民応援団の皆さんです。ロッテの愛甲猛選手が先制ホームランを放ったくだりでは、愛甲選手の応援歌をはじめとした懐かしの選手応援メドレーを、トランペットや太鼓、旗を使って当時のキレそのままに披露してくれました。川崎の空に響き渡るトランペットの音色が作り出した空気感は、まさに1988年10月19日に遡ったようでした。

一方、かわQホール1Fで展示されたのが「川崎球場特別ギャラリー」。元々事務所内ギャラリーに展示してあった品々に加えて、様々な皆さんから寄付や借用させていただいた膨大な川崎球場ゆかりの品々を、出来る限り展示しようと前夜からスタッフがほぼ徹夜で陳列、装飾しました。

主な展示コーナーだけでも「ロッテオリオンズの時代」、「川崎球場で行われたオールスターゲーム」、「高橋ユニオンズの時代」、「大洋ホエールズの時代」、「都市対抗野球と川崎球場」、「川崎球場とメジャーリーグ」、「川崎球場とアメフト」、「ロッテオリオンズとコラボしたビックリマンチョコのシール」、「ロッテのユニフォーム試着コーナー」、「フォトコンテストで寄せられた写真展示」、「川崎球場で行われた高校野球」、「川崎球場ゆかりの様々な映像コーナー」、「プロレス展示コーナー」「週刊ベースボール」コーナーなど多岐に渡ります。

ロッテオリオンズコーナーでは、普段事務所内ギャラリーでも放映している「10.19第二試合」を放映したり、当時のCM放映、当時の新聞記事、関連書籍を閲覧できるように並べました。

ビックリマンチョココーナーでは、1987年川崎球場で子どもたちに配られていた、当時のロッテの10選手たちがビックリマン風に描かれたレアな「オリオンズヒーローシール」をズラリと展示。有藤監督の「スーパーオリオン」や愛甲選手の「愛甲で勝」などマニア垂涎の的とあって、しっかりショーケースに入れて展示させていただきました。


高校野球コーナーでは、元巨人の原辰徳選手擁する東海大相模高校の躍進や、「10.19」でもおなじみ阿波野秀幸投手の桜丘高校、元中日山本昌投手の日大藤沢高校など川崎球場を賑わした往年の名選手たちの新聞記事と写真を展示しました。さらには93年夏の全国高校野球大会神奈川県予選決勝「横浜高校対横浜商大高校」が川崎球場で行われたこともあり、横浜高校のユニフォーム展示やダイジェスト映像、新聞記事、画像などで振り返ることが出来ました。横浜高校のユニフォームは、たまたまスタッフHの弟が同時期の横浜高校卒業で、ユニフォームを持っているという友人に連絡してもらい、ら当日朝にスタッフHが電車でその友人のご実家までお邪魔して借り受けたというもの。まさにスタッフも総力戦です。

「川崎球場とMLB」コーナーでは、1955年に日米野球で来日し、川崎球場で練習したニューヨークヤンキースの紹介新聞記事を復刻しました。かの伝説のミッキー・マントルが川崎球場に来て、練習にてまるでピンポン玉を打つようにポンポンとボールをスタンドに打ち込んでいたという記事は、あまりに非日常的で何だか不思議な感じがします。

そして「週刊ベースボールコーナー」では、なんとON(王・長嶋)時代の1971(昭和46年)~1978年(昭和53年)までの週刊ベースボールバックナンバーをズラリと展示。しかもレカロシートに腰かけてじっくり読むことが出来るという、何とも贅沢な読書室をあしらえました。川崎球場で達成した王貞治選手の700号達成記念号など歴史史料としても価値のあるものばかりが読み放題とあって、多くの方が思い思いの号を手に取って熟読していました。

特別展示ギャラリーは21時の閉館まで常に人で溢れ、「10.19」第二試合の最終回は、それこそもう何十回何百回と見たであろう皆さんが、あたかも初めて見るように歓声をあげたり、落胆したりしている様子を見て、改めて皆さんの「10.19愛」、プロ野球愛を感じました。

そして忘れてはならないもうひとつの主役が、川崎球場といえばコレ!という「球場名物、肉うどん」です。今回、あの味を再現するべく担当者とキッチンカー業者が打合せを重ねて、少しでも近づけるようにかなり努力したとか…。ラーメンと共に多くのファンの舌にいまだに残っているというあの伝説の味を求めて、列が途切れることは有りませんでした。当時に近づけたかどうかは、650食が完売したという事実が物語っていると思います。皆さん、ハフハフと嬉しそうに懐かしそうに当時の味を堪能していました。

今回の企画は「世代と世代を繋ぐ場所」がテーマでした。フィールドでは、当時のホームベースや一塁から三塁までのダイヤモンドを再現して、自由にキャッチボールが出来る空間を作りました。親子、友人同士、おじいちゃんとお孫さん、はたまた恋人同士が楽しそうにボールを投げ合う姿を見て、改めて「川崎球場」という唯一無二の無形文化財産を守り伝えていく義務が我々にはあると強く感じたのでした。

そしてご来場いただきました1,000名を超す参加者の皆様、誠にありがとうございました。

今日ばかりは、かつての川崎球場にタイムスリップした、そんな懐かしい錯覚を少しでも感じていただけたら嬉しいです。またのご来場、お待ちしています!

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