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OB'sコラム

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2008 / file04

多摩川クラシコ

久野智昭
Kuno,Tomoaki

1996年、東京農業大学よりフロンターレの前身、富士通川崎に加入。本職のボランチに加え、サイドもこなすユーティリティープレーヤーとして9年の長きにわたりフロンターレを支える。2005年12月、惜しまれつつも引退。現在、フロンターレ強化部スカウト担当として人材発掘に邁進中。
1973年9月25日生まれ、静岡県出身。170cm、68kg。

今回は「多摩川クラシコ」について書いてみようと思います。

2008年9月20日(土)に行われた第14回多摩川クラシコは、1対0でFC東京が勝利を収めました。これで、対戦成績は5勝4敗4分でFC東京が一歩リードになったわけですが、これまでも、数々のドラマッチックなシーンを生んできました。


歴史を振り返ってみると、J2での対戦以前にも1999年JFL時代から川崎フロンターレ対東京ガスとして、お互いライバル同士戦ってきました。
1999年の第24節の対戦は、自分がプレーした中でも最も記憶に残るゲームの一つです。退場者1人を出し、足をつらせる選手が多い中、120分戦い0対0の引き分けというまさに死闘という一戦でした。

当時、等々力競技場に駆けつけてくれるサポーターの数は、3〜5千人でした。現在では、2万人近いサポーターが応援に駆けつけてくれています。
1999年の32節には「一万人大作戦」というキャンペーンを行い、一進一退の攻防を繰り広げ3対2で勝利を収めJ1昇格に大きく前進しました。そして、この年に両クラブ揃ってJ1リーグ昇格を果たしました。


1999年のJ2時代は相性が良かったのですが、2000年J1ではFC東京に2戦2敗となり、この年J2に降格となりました。J2降格後、再び選手・クラブが力をつけて2005年J1昇格を果たしました。
2000年の降格があったからこそ、今の強いフロンターレがあると思います。だからこそ、多くのサポーターが等々力やアウェーにも、足を運んできてくれると思います。

川崎フロンターレとFC東京が『永遠のライバル』と、「FCバルセロナとレアルマドリッドの対戦(エル・クラシコ)」のような、歴史ある激しい戦いをこれからも繰り広げていって欲しいと思います。

このように、切磋琢磨してきた両クラブが、何十年と続いていくクラシコ(スペイン語で伝統の一戦)になっていくことは間違いありません。
そして、両クラブがJリーグを盛り上げていって欲しいと思います。

2008年10月01日 久野智昭

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