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OB'sコラム

球蹴り〜玉置晴一〜

2008 / file04

ダノンネーションズカップ

玉置晴一
Tamaoki,Seiichi

愛媛・今治工高を卒業後、川崎フロンターレに加入。 精度の高いパスを繰り出すレフティーも、故障に泣き、わずか3年で惜しまれつつ現役引退。 2005年にスクール担当コーチとして待望のフロンターレ復帰。 現在、U-12コーチとして、持ち前の明るさを武器に子供たちを引っ張り、未来のフロンターレ戦士の育成に邁進する。 1982年4月26日生まれ、愛媛県今治市出身。

今回は、先日フランスのパリで行われた、「ダノンネーションズカップ」世界大会での報告と、U-12の子供たちの様子について書きたいと思います。この大会は、世界の40カ国が参加するU-12年代の大会で、川崎フロンターレU-12は“日本代表”として参加しました。

大会形式としては、40チームを5チームずつの8グループに分け予選リーグを戦います。その後、予選の1位・2位トーナメントで1位〜16位を、3位・4位トーナメントで17位〜32位を、5位のチームは2グループに分け再びリーグ戦を行った後に33位〜40位の順位決定を行います。また、予選リーグは1試合15分1本(ハーフタイムなし)、順位決定戦は20分1本で行われ、決勝戦のみ10分ハーフの1試合20分で行われます。

川崎フロンターレU-12(日本)は、予選リーグで「オーストリア・モーリシャス・ウルグアイ・アメリカ」と同じグループになりました。初戦のオーストリアには0-0の引き分け、第2戦モーリシャスには2-0で勝ち、第3戦のウルグアイにも2-0と勝ちを収め、つづくアメリカには1-1で引き分けますが、2勝2分けの1位で予選を通過しました。当然!優勝を目指し臨んだ決勝トーナメントでは、1回戦でロシア(今大会2位)に1-2と惜しくも敗れ、9位〜16位の順位トーナメントに回ります。その後、スイスに2-0・トルコに1-1(PK3-2)と勝ち進みましたが、最終戦の南アフリカ戦では0-5で敗れ、川崎フロンターレU-12は“10位”、優勝は地元フランスという結果で幕を閉じました。

子供達は今大会、もちろん優勝を目指していましたし、試合を通じてそれは強く伝わってきました。ロシア・南アフリカに負けた時には涙を流している子もいました。しかし僕は、“10位”というこの結果は非常に素晴らしいことだと思っています。なぜなら、子供たちは本当によく戦いましたし、今ある最大限の力を十分に発揮していたと思うからです。当然良いときもあれば悪いときもありましたが、常に前から相手にプレッシャーをかけ、ボールを奪えばゴールを目指し、攻守の切り替えが目まぐるしいサッカーを展開していました。試合を重ねていくにつれ、チームが1つになっていくのも感じましたし、子供たち1人1人が一段と大きくなったような気がします。

また、サッカー以外のところでも“世界”を感じたのではないかと思います。なれない環境(親元を離れての団体行動・食事・言葉)の中、食事の面では僕自身もフランス料理という良いイメージを持っていたのですが、想像とは大きく違い、子供たちは特に苦しんだのではないでしょうか(笑)
他の国の子供たちのコミュニケーションの積極性に圧倒され困っていた子もいましたが、時間と共に自分たちから会話をしてお互いの名前を覚えあったり、中には最終日にユニフォーム交換をしている子もいました。“サッカー”という1つのスポーツを通じて、こんなに多くの国々が繋がっていることを子供たちは感じたのではないかと思います。

この世界大会を通じて、子供たちは本当に多くの経験をしたと思います。前々回のコラムでも書きましたが、こういったサッカーやそれ以外での経験を通してこれからの成長に繋げて行って欲しいと思います。
また、僕自身も“世界”を感じてきたので、それはまた僕なりに分析をし、感じたことを次回書きたいと思っています。

2008年10月10日 玉置晴一

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