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OB'sコラム

鬼さんと一緒

2008 / file05

等々力

鬼木 達
Oniki,Toru

市立船橋高校を卒業後、鹿島アントラーズに加入。1998年、当日JFLに所属していた川崎フロンターレに期限付き移籍。わずか1年で鹿島に戻るも、在籍中、サポーターから「川崎の宝」とまで呼ばれ愛された男は待望の復活。以来、無尽蔵のスタミナでピッチを走り回り、キャプテンとしてチームを強烈に引っ張る。現在、フロンターレ育成普及コーチとしてピッチを走り回る。
1974年4月20日生まれ、千葉県船橋市出身。

先日、Jユースカップ(Jリーグユース選手権大会)を等々力陸上競技場で行いました。
相手はアルビレックス新潟です。結果は3-1の快勝でした。前半、押しぎみに試合を進めながらもミス絡みで1点を先制されてしまいましたが、後半、サポーターの後押しもあって3点を奪って逆転勝ちです。

この日の等々力は、僕たちU-18の試合前にサテライトの試合が行われていたため、多くのサポーターや観客の人たちが残ってU-18の試合を観てくれました。U-18の選手たちにとって等々力は近くて遠い場所です。トップチームやサテライトの試合の時に、チラシ配りや、担架などのお手伝いはするけれど、そのピッチに立ってプレーする事はほとんどありません。
だから新潟戦はサポーターや観客の方に心から感謝したいと思います。大勢の方の声援や歓声が後半の3点を生んだと思うからです。1つ1つのプレーに拍手が起きたり、ため息に変わったりと、選手たちが責任を感じながらプレーをしていたように見えました。多くの観客の中でプレーすると成長するのだと改めて思いました。

やはりフロンターレチームにとって等々力は特別なのだとも感じました。
またそれは、僕自身にも同じ事だと先日の試合で認識しました。新潟戦の前日から少しテンションが上がっていたように思います。選手の時のような緊張感ではなく、何か大きなイベントを待っているような気持ちでした。今まで当たり前のように踏み入れていた等々力のピッチも、考えてみると引退してからは、約2年で2回目です。自分がプレーするわけではないけれど、すごく嬉しかったです。

そして今、僕たちのホームスタジアム等々力陸上競技場を改修しようという運動をしています。(署名など)1番の理由は、安全に試合を観戦できるようにしたいという事。個人的には控え室などをもっとキレイにするべきだとも思います。等々力というのは、フロンターレのホームスタジアムであるのと同時に、みんなのものであり、憧れの場所であります。

ジュニア年代の準決、決勝なども等々力で行ったりしますが、どのチームも本当に嬉しそうに足を踏み入れている。それは、子供たちだけではなく監督やコーチ、父兄の方も同じです。

川崎市民にとって等々力は特別だと思います。
だからこそ、みんなで等々力陸上競技場の改修を後押しして欲しいです。

もうひとつ11月24日等々力で14:00から、U-18が浦和と対戦します。是非、観に来てください。よろしく!

2008年11月07日 鬼木 達

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