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OB'sコラム

over the pitch

2008 / file03

U-16秋田国民体育大会 エピソード3

大場健史
Oba,Kenji

1967年8月14日生まれ、神奈川県出身。 Jリーグ創設時の鹿島アントラーズのメンバーとして活躍。その後、柏レイソル、当時JFLの川崎フロンターレに移籍し、闘争心あふれるアグレッシブなプレーでチームを鼓舞し続けたDF。引退後、U-13からU-18まで幅広い年代の強化・育成に携わり、子供たちからの信頼も厚い。現・川崎フロンターレU-15監督。

「秋田へいざ出陣」

いよいよ秋田国民体育大会が始まる。
私は選手たちより一足先に試合会場である秋田TDKグランドと宿泊先である鳥海荘をチェックする為に出発した。ジュニアユースのトレーニングが終わり川崎を出たのが午後9時近く、道のりは長いので途中山形で一泊して秋田に入ることにした。高速を走っているときに色々と考えた。トーナメントなので1発負けたら神奈川に帰らなければいけない。昨年の神奈川は2回戦で敗退したことを考えるとどうしても負けるわけにはいかない。必ず決勝まで行き優勝をして帰ってきたい。タレント的には申し分ない、戦術理解度も高い。とにかく彼らに伝えることは、常にポジティブにプレーすること、ポジティブにコミュニケーションをとること、100%の力を発揮すること。

この3つを伝えることに私は全力を尽くすと誓った。フロンターレ号(アルファード)は東北道を順調に北上した。この車は高速安定性が非常に高く運転していても疲れない、エンジンもパワフルでストレスを感じることがない。ロングドライブに最適な車だ。宮城県に入ったあたりから、普通車の数が減り、逆に大型トラックの量が増えてきた。都心で見る車より外見が派手。とにかくボディーのあちらこちらにイルミネーションが光り暗い高速道なのでひときわ目立っていた。車は順調な走りで東北道村田ICから山形自動車道に入り途中の山形北ICで降り一泊することにした。時間はPM11:45。ナビで調べて近くのビジネスホテルに泊まることにした。部屋に入り、疲れがどっと出たので、シャワーも浴びずにそのままベッドに入り熟睡。翌朝6:00に目が覚めて、暑いシャワーを浴び、一応ひげも剃った。その日は13:00から監督会議があるのでビシッとスーツに着替え、朝食を済ませ、秋田に向けてフロンターレ号を走らせた。山形自動車道の終点である酒田みなとICに到着。そこからは一般道。左側に日本海を眺めながら車は北上しやっとのことで秋田県に入った。片道の距離550km。途中のガソリンスタンドで給油した時にスタンドの若い従業員に「サッカーのフロンターレだ、何処にいぐ」と秋田弁でそのあとが何を言っているのか解からずに「わか杉国体に行くんだよ」と一言。「がんばれ」と励まされた。昔と違って今フロンターレは全国に名前が知られている。非常に嬉しいこと。私はこのクラブを誇りに思う。海岸線を走ること1時間。大会開催地である秋田県仁賀保市に到着。やはり国体とあって街のあちらこちらに大会イメージキャラクターのスギッチ人形、ポスター、旗などが飾ってあった。「いよいよ明日から本番が始まる」と私自身気合も十分。試合会場である秋田TDKグランドは敷地が広く、その中にサッカー場、野球場、テニスコート、室内プール、多目的広場などがあり。サッカー場は天然芝2面でコンディションも最高である。このピッチで選手たちがどんなパフォーマンスを披露してくれるか非常に楽しみだ。監督会議を終え宿泊先である鳥海荘に向かった。宿までの道のりは山を二つ越えなければいけないのでかなりの時間が掛かった。山の頂上まで来るとそこから観る日本海はイメージしていた荒々しさとはかなりかけ離れていて本当にすばらしかった。この景色を最後の決勝まで見たいと誓った。宿泊先に着くと選手たちが丁度到着したところだった。疲れた表情は無く、非常にリラックスした状態で各部屋に入っていった。

翌日14:00からのトレーニング、動きを見れば選手のコンディションが上がってきているのが解る、明日の愛知県とのゲームが楽しみだ。夜のミーティングでは選手に伝えたことは「君たちは神奈川の代表としてこの舞台に来ている、選ばれなかった選手たちが多くいる中で私は16名を選んだ、最高の選手たちを選んだ、だから君たちは必死になって戦わなければならない。サッカー人生の中で一つの通過点に過ぎないが、それを良くするも悪くするも君たち次第、色々な人たちが君たちを見に来てくれる。力を発揮できれば代表の道にも繋がる。だから悔いの無いように精一杯やるしかない。私は君たちを信じている。」と話した。

そして試合当日。私は先にグランドへ向け出発した。グランドに着くと多くのギャラリーがピッチの外を埋め尽くしていた。サッカーは本当に人気のあるスポーツである。試合開始まで90分。ミーティングの時間だ。私はあまり難しい話はしないシンプルに彼らが理解できるように話すだけ、彼らは話せば直ぐに理解し実行してくれるから。後は選手がピッチで考えてプレーしてくれる。アップも終わり試合開始まで10分。皆で手をつなぎ一つになった。9月30日、14時40分キックオフ、対戦相手は愛知県。試合開始から2分で相手ゴールキックからDFの小椋(川崎F)がヘディングで前線にフィード、相手のDFラインの裏にボールが流れ、すかさずそのボールを狙いダッシュしたFW榎本(横浜FM)がキーパーと1対1になり左隅に決めた。この大会は35分ハーフなので先制点が非常に大事。それを見事にやってのけた。そして神奈川の攻撃は続く11分にMF関原(横浜FM)からのパスを受けたFM榎本が2点目をゲット。さすが神奈川ナンバーワンのストライカーだ。23分に1失点を食らったが、全員はあわてることなくゲームを支配。後半20分にこの日3点目をFM榎本が決めハットトリック、そしてダメ押しは25分にMF小野(横浜FM)が冷静に決めて試合を決定づけた。

スコアは4-1の勝利。すばらしいスタート。しかし失点がカウンターからだったので、そこを修正しなければならない。2回戦目は、福岡県。この試合も前半からグランドを広く使い中盤を支配した、12分にMF小野が決め先制。17分に相手のファウルでPK。冷静にMF古林(湘南)が決め2点目。選手の中で余裕が見えてきた。嫌な予感がした。ゲームの中で味方とのパスミスが徐々に出てきて簡単なシュートも外し3点目が取れない状態。福岡県もあきらめずに貪欲にプレスを掛けてきた。「このままでは逆転される」と頭を過ぎった。
なんとか前半は2-0で折り返し。私はハーフタイムに選手に怒鳴った。「相手を甘く見るな、簡単なミスが多すぎる、これでは逆転されるぞ!去年もここで終わっている、お前らいいのか、こんなところで終わって、本当に上を目指したいのか、プロになりたいのか、そんな甘い気持ちでプレーしていたらこの先は無いと思え。」と選手はびっくりした顔で私を見ていた。

後半のスタート。やはり福岡県は前からプレスを掛けてきて1点を取ろうと必死できた。それをDF大和田(川崎F)、GK奥山(川崎F)を中心に必死で防ぐ。ポストに当たったりと危ないシーンもあったが、何とかこのゲーム2-0でものにすることができた。もしあの時に失点されたらリズムは完全に相手に変わっていたに違いない。本当に勝って良かった。夜のミーティングで選手たちに今日のゲームを分析してもらった。返ってきた言葉が「相手を完全に舐めていた」と。私は選手たちに「サッカーは11人でプレーするもの。1人でも欠ければ、そこから穴が空き、攻められ、失点される。そんな気持が全員であれば優勝どころか決勝に進むことすら出来ない。もう一度原点に返って考えてほしい。何のためにこの舞台に立つのかを」。

翌朝6時に目が覚めて、部屋の扉を開けると目の前の鳥海山の美しい景色が見えた。「今日の試合も必ず勝つ」と願った。相手は兵庫県。ガンバ大阪、ヴィッセル神戸などJ下部でプレーしている選手が多く、タレント的にもレベルが高い。この試合を勝つことで決勝が見えてくると思った。チーム一丸となって、戦っていきたい。

2008年07月10日 大場健史

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