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2006 / file03

愉(たの)しんで!

向島 建
Mukojima,Tatsuru

1966年1月9日静岡県生まれ。静岡学園高-国士館大-東芝を経て1992年清水エスパルス入団。1993年Jリーグオールスター戦出場。1997年川崎フロンターレへ移籍。以来2001年の引退まで要衝としてチームを支える。2002年から川崎フロンターレフロントスタッフ。2003年にはフットサル日本代表候補に選出。「SUKISUKI!フロンターレ(iTSCOM)」やサッカースクール・サッカー教室・講演・フットサル解説など川崎のサッカー伝道師として多方面で活躍中。

先日、イタリア・トリノで行われた冬季オリンピックでは大会期間中、毎日のように新聞・テレビなどで選手たちの活躍が取り上げられ、私たちの間でも常に話題になり名前が出てくるほど日本人選手への期待は大きいものがあった。

しかし欧州のトリノという離れた地では長野オリンピックのように日本人選手たちの笑顔は少なくいい結果には恵まれなかった。そんな中、日本で唯一メダルを獲得したのが女子フィギュアスケートの荒川静香選手だった。しかも冬季オリンピック・女子フィギュアスケートでは日本人初の金メダルという快挙だった。

私は、彼女が試合後のインタビューの中でコメントした言葉が印象的で忘れられなかった。それは「力まず愉(たの)しんで滑ることができた!」だった。その言葉には選手として、とても自然で忘れてはいけない大切な意味のある言葉のように思えた。

この舞台に立つためには過酷なトレーニングも沢山してきたはず、精神的にも辛かったことは多いはず、しかしオリンピックという大舞台では「力まず愉しんで滑ることができた!」というように自然体で本来あるべき姿で自分を表現した。小さな頃からスケートをやらされて来た人ではこんなコメントは帰ってこないはず、どんな形で初めたとしても、スケートが好きになり滑るのが愉しく、上手になりたい、自分の演技を皆に見て欲しいなど、厳しい中にも自分から学び滑ることで自然に自分を表現し、夢中になって時間を過ごすなど、愉しみ方を知っている人の言葉である。

サッカーのようにカバーしてくれる味方はリンクの上ではいない、個人スポーツという孤独で精神的にも厳しく辛いことも多い中で、たった世界で一人しか選ばれない金メダルを獲得することは並大抵なことではない。何年か前までは「日本のために頑張ります!」「絶対金メダルを取りたいです!」など、コメントを聞いていても4年に1度のオリンピックの重要性や大舞台での緊張感があることは理解できるが、大会を愉しもうという選手は少なかったように思えた。硬くなりプレッシャーになったり、選手によっては自分がいっぱいいっぱいになっていたり、どうしても記録や結果が思うように伸びなかったり出せなかったりするのは、そんな愉しさや少しの遊びといった柔軟な心を忘れてしまっているからかもしれない。

勿論、厳しく精神的にも張り詰めた中で特に世界を相手に日本の代表として戦う選手にとって緊張することは普通のことで緊張感はなくてはならない大切なことでもある、世界はそんなに甘くないこともわかっているが、荒川選手が金メダルを獲得できたのは、表現力やセンス、技術や体力などは勿論のこと張り詰めた緊張やプレッシャーの中で「愉しんで滑ろう!」というスポーツ選手にとって根本的なことを忘れていなかったからではないか、愉しむことで表情も変わり自然に自分の身体を動かすことができ、無心に近い状態から素晴らしいパフォーマンスが生まれたのではないか。今回の冬季オリンピックでスポーツは「愉しむことが必要だ!」ということを金メダリストが教えてくれた。

そして「幸せだった!」とも彼女は言ったように、金メダルが取れたのは、いろんな人の支えがあったからと、感謝の気持ちも忘れていない。両親からしてみれば子供へのサポートは無償の愛であり、自分の好きなことに一生懸命打ち込み、愉しんで滑ったりボールを蹴ったりしている姿を何よりも望んでいることだと思う。

美味しいものを食べたり、高価なものを買ってもらったりすることも幸せなことかもしれないが、夢中でボールを蹴り続け追い続けるように、何事においても思い切り愉しみながらチャレンジし、一つのことに情熱を注ぐことができたことが、人生の中でも一番幸せなことなのかもしれない。

※今回「楽しんで!」をあえて「愉しんで!」にしたのは、楽(らく)とも読めるから。
あくまでも愉快で気持ちよく愉しめたほうがいいと思ったから。


2006年04月09日 向島 建

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