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OB'sコラム

Tatsuru'sチェック!

2007 / file04

インシャッラー!

向島 建
Mukojima,Tatsuru

1966年1月9日静岡県生まれ。静岡学園高-国士館大-東芝を経て1992年清水エスパルス入団。1993年Jリーグオールスター戦出場。1997年川崎フロンターレへ移籍。以来2001年の引退まで要衝としてチームを支える。2002年から川崎フロンターレフロントスタッフ。2003年にはフットサル日本代表候補に選出。「SUKISUKI!フロンターレ(iTSCOM)」やサッカースクール・サッカー教室・講演・フットサル解説など川崎のサッカー伝道師として多方面で活躍中。


今期、川崎フロンターレは初めてAFCチャンピオンズリーグという国際試合を戦った。予選6試合(ホーム&アウェイ)を5勝1分のFグループ1位という素晴らしい成績で通過、Jリーグクラブ至上初の予選突破(はつのり!)を果たした。

ノックアウト方式の決勝トーナメント1回戦では、セパハン(イラン)にアウェイ、ホームともに0-0、延長でも決着がつかずPK戦の末惜しくも敗退した。圧倒的に試合を支配し、得点チャンスもあり期待されていただけに悔しい結果に終わった。

しかし、Jリーグと同時進行する中、アジアや中東でのアウェイなど過酷なスケジュールや環境でも選手たちはよく戦った。この国際試合は川崎フロンターレの選手にとって大きな財産となり、今後彼らがプレーしていく上でこの経験を是非活かしてほしい。

私は、この大会において2月〜9月の間で、6カ国のクラブチームの試合を実際に現地に行って視察した。
2月13日(火)アレマ・マラン視察(インドネシア)。アレマ・マランvsペルセバヤのインドネシアリーグを視察。スラバヤから車で3時間、マランという街がある。標高700m、気温27度、湿度80%、思っていたより過ごしやすい。とはいっても日本とは環境は違い厳しい条件は変わらない。私たちは、視察当日、試合2時間前にスタジアムに到着、至る所に軍隊の姿があり雰囲気は日本とは異なる。スタンドに入ると既にバックスタンドは隙間が無いほど人で埋めつくされていた。平日の15時半キック・オフだというのに超満員(4万人)全てがアレマ・マランのサポーターだった。ガイドの話によると試合当日、ペルセバヤのサポーターは街には入れないらしい。
 インドネシアリーグはサッカー自体とても人気がありプレーは激しい、外国人は5人まで出場でき、技術が高い選手も多く、とにかくよく身体を張って頑張る。そして、何といっても熱狂的なサポーターアレマニア(アレマサポーター)の存在が脅威だ。アレマニは、インドネシア協会からベスト・サポーター賞を受賞している。インドネシアの田舎でサッカーがこれほど盛り上がっていたことは驚きだった。特にアウェイでは、そう簡単には勝たせてもらえない相手だと実感した。今でもサポーターの歌が耳に焼きついて離れない。最初のインドネシアで、いきなり度肝を抜かれた視察だった。

9月6日(木)セパハン視察(イラン)。セパハンvsラーハンのイランリーグを視察した。テヘランから岩山の変わらない風景を観ながら5時間車で走るとようやくイスファハンの街がある。世界遺産でもあるイマーム広場もあり観光など歴史の街としても有名だ。試合前日ホテルで、セパハンの対戦相手ラーハンのコーチングスタッフたちが私たちの下にやって来た。「明日の戦い方を教えてくれ?」と可笑しな相談をしてきたのだ。「私たちは実際に試合を観てないから分からない、逆にセパハンの選手の特徴を教えてもらえないか!それから戦い方を考えよう!」そんな会話から1時間盛り上がった。

翌日、16時キック・オフ、セパハンの選手の特徴をあらかじめラーハンスタッフから聞いていたため、視察はやりやすかった。思っていたほど観客は入っていない、1000人位だろうか、標高が高いためか?キック力があるためか?ボールがよく跳ぶ。技術が高く、体格がよく、もちろん球際は激しく、一人一人が力強いが、攻守のバランスが悪いため早い時間帯から間延びする傾向がある。守備陣に大型選手、攻撃陣にスピードがある選手が揃っているだけに、先制してゴール前を堅め、ボールを奪ったらカウンターという状況になると厄介な相手だ。結局、試合は2-2の引き分け、昨年最下位のラーハンはアウェイで大きな勝ち点1をもぎ取った。ホテルに戻るとラーハンのコーチングスタッフと再びロビーで出くわした「いい試合だった!」と伝えると勝利でもしたかのように興奮気味に試合について解説し始めた。どこの国でも格上の相手にいい試合をすると嬉しいものだ。

9月19日(水)アル・ワハダ(UAE)。ACL決勝トーナメント1回戦、フロンターレが勝ち上がれば、どちらかと対戦することになる。アル・ワハダ(UAE)vsアル・ヒラル(サウジアラビア)夜22時キック・オフ。時差の関係もありセパハン(イラン)vs川崎(日本)の結果は0-0だったと先に知らされての視察だった。ドバイからアブダビまでは車で1時間半。競技場に到着すると、セキュリティチェックを通り一般の観客席へ入った、こちらでは基本的に入場料は無料、女性は入れない。
私たちは視察(ビデオ撮影等)という大事な仕事があるため、場所を探すがメインスタンドは隙間が無く警備が厳しい「日本から来た、川崎フロンターレ」と言っても全く駄目だ。元々視察に来ることをアル・ワハダには伝えていたが返答がないままここまで来た。そこで、知り合いのジャーナリストの森本君がピッチで取材をしていることを確認していたため彼を呼び止め「何とか中に入れないか?」相談した。そこで森本君の究極の案は、カメラマンになればということだった。彼は中東などをよく取材しているため関係者に知り合いが多かった。何としてでも映像を入手しなければいけないため、一か八かその場で申請を出した。日本ではとうてい無理な話であるが、証明写真もその場で撮り、ようやく手作りのパスを受け取りピッチレベルまで入ることができた。
オレンジ色のビブスを渡され、その後は自由に視察を行えた。試合は今まで味わったことのない雰囲気、アラブ独特の応援は異様だった。アル・ワハダ(UAE)は身体能力が高く瞬間的なスピードとパワーがある。一方アル・ヒラル(サウジアラビア)は、個人の技術が高く、2人3人と絡んでくる攻撃やパスワークが素晴らしかった。試合は0-0、ラマダン中でコンディションがよくないのだろうか、足が痙攣する選手も目立ち、終了の笛と同時にピッチに座りこむ選手がほとんどだった。
ラマダン中の選手たちの生活は、午後15時か16時頃起床、日が沈む18時半頃から朝食を摂る。朝食が消化した22時頃から試合や練習が行われ、深夜1時頃に軽く昼食、日が昇る直前に夕食を摂り、6時頃就寝する。当然、日が出ている間は水も飲めないから寝るしかない。
激しい試合はアラブ同士の意地の戦いでもあった。夜22時といってもUEAは暑いため疲労は覚悟のうえだ。世界的に見ても中東での試合は一番過酷といってもいいかもしれない。冗談で「W杯がこの中東で開催されたら中東の国が優勝することもあるかもね!」と話をすると誰もが首を縦に振る。環境は勿論、宗教上とても難しい国が多い、中でもサウジアラビアは宗教的にも最も戒律が厳しい国で、飲酒はできず、男女はっきり分けられ、女性はアバヤという黒い服を着て肌を見せてはいけない。それは外国人でも同じ、とても神経を使う国だ。宗教や環境の違いなどラマダン中の視察は、人生においてなかなか味わえない貴重な経験だった。



世界では、様々なスタイルのサッカーが行われている。今回はアジア・中東など一部の視察ではあったが、実際に現地に行って、その国、その街のサッカーを見ることができた。アラブの国では「インシャッラー(神の思し召しのままに)」という言葉が印象的だった。例えば、水道が壊れて修理の約束をしても「インシャッラー!」だ。約束をしたつもりでも「明日のことは分からない、神が決めたことならそうなるでしょう」や「何が起こっても、神が決めたこと、私の意図したことではない」という結構無責任的な言葉で、様々な約束やトラブルで、この言葉が繰り返される。
結局水道屋は約束の日には現れず、直ったのは3週間も先だったということもよくある。来れなかった理由も、神から与えられたことがあったから仕方なかったと、インシャッラーが立派な言い訳になるのだ。今思えばアル・ワハダの返答がなかったのも、サウジアラビアのホテルでクラブ関係者と待ち合わせしても現れなかったのもインシャッラーというアラブ特有の文化だったのかもしれない。サッカーで考えてみるならインシャッラーというアラブのスタイルで、よく、先のことを予測したりイメージしたりし、11人で協力してゴールを奪うサッカーができるな!と思ってしまうが、そこは「したたかさ!ずる賢さ!」がピッチで大いに発揮されているのではないか。中東視察において特に試合運びや駆け引き的な部分の上手さを痛感した。真面目すぎる日本人には、このインシャッラーは普段の生活からは考えられないが、彼らにとっては当たり前で未来は神の領域でもあるということだ。

今回の視察を通じて国籍は異なるが多くの人々に出会い、サッカーの関わり方や楽しみ方を知ることができた。現役時代、アジア・南米・欧州等の様々な国に出かけて試合を行ってきたが、そんなプレーヤーの感覚とは全く違うものでもあり、自分自身にとって、サッカーというスポーツは勿論、どんな環境であっても、その国や自分のスタイルで人生を一生懸命に生きているということを実感した。
世界には自分が、まだ行ったことも観たこともない、素晴らしいサッカーの世界があるはず。なぜならばサッカーは世界中で行われ、ボール一個で人々を幸せにすることができる世界一のスポーツだから。
皆さんもアラブに行った際は「インシャッラー!」には気をつけて!

※インシャッラー(神の思し召しのままに)

2007年10月20日 向島 建

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