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鬼木達 アーカイブ

2007年03月01日

開幕戦

今回からOB'sコラムに参加する事になりました。コラムを書くにあたってまず初めに伝えたい事は今まで応援して頂いたみなさんに「ありがとう」という言葉を伝えたいと思います。J2の苦しい時代から今日まで本当に多くの応援全てが心に残っています。
特に昨年のホーム最終戦での引退セレモニーは自分の選手生活に区切りをつけるのに本当に良いものになりました。フロンターレとアントラーズというお世話になった両クラブのサポーターから祝福されて引退できた事に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。今まで本当にありがとうございました。

そして2月1日から僕の第2の人生がスタートしました。仕事の内容は育成・普及という事で子供達の指導やサッカーを世の中に広めるという感じです。
といっても今はまだ午前中に事務所で行うパソコン作業を覚えるので大変です。それでも新しい事に挑戦するのは楽しいものでパソコンや子供達の指導など早く覚えて頑張りたいと思います。
特に子供達の指導に関しては凄く大事な事だと思っています。自分自身が小さい時に教わった事がそのまま大人になっても反映されてきたからです。
サッカー選手としてもそうですが人としても小さい時に大人から言われた言葉というのは強く印象に残るからです。だから僕はサッカーを通して子供達に技術はもちろん、人として礼儀挨拶にはじまり挑戦する気持ち、諦めない気持ち、仲間を思いやる気持ちなどあげればきりがないけど色々な想いを伝えていきたいと思います。

僕はこんな感じで意気込んでいますが、選手達はもうすぐ開幕という事で色々な想いでいる事でしょう。
僕が現役だったこの時期に一番大切だと考えていた事は、チームの雰囲気です。毎年新入団選手が入って新しいチームでスタートする中でチームの雰囲気というのは大変重要です。1月にスタートをきって12月の最終戦を迎えるまでの期間選手達は仲間でもありライバルでもあります。そしてピッチに立てるのは11人というキビシイ現実もあります。
そんな中でチームワークというのが鍵を握ります。そういった意味でいうと、ここ数年フロンターレは非常に良い状態だと思います。今年はチームで行った筑波大でのコミュニケーションをとる為のトレーニングをし、新入団選手が多く入った年には、本当に良い事だと思います。
そしてかかせないのが毎年開幕1週間前に開く選手全員の食事会です。主にブラジル料理店が多く外国人選手も喜んで参加します。ここでは新入団選手の自己紹介や一発芸的なものがあったり選手同士の暴露があったりとグラウンドでは見られない姿が見られて大変盛り上がります。そうして自然とチームが一つになって最後には1年間全員で頑張ろうと団結ができるのです。

では開幕戦はというと、僕の場合は不安より楽しみの方が大きかったです。それでも試合の前日の夜は寝付けなったり試合でボールに触るまでは落ちつかなかったりしたものです。今いる選手も当然不安や緊張・喜びなどさまざまあると思います。しかし試合が始まれば全員がチームの勝利の為、必死で戦ってくれる事でしょう。そして観ている人々にサポーターに感動を与えてくれる事と信じております。

僕は今回サポーターの立場から開幕戦を観る事になるので、夜もゆっくり眠れそうです。
それではみんなで開幕戦を盛り上げましょう。

2007年05月01日

習慣

毎日生活している中で、人はそれぞれ順番をつけて行動していると思います。
例えば、朝起きてすぐに歯を磨く人や食事を摂る人、顔を洗う人など何げない行動ですが、人はみんな順番をつけて行動したり、それが習慣になっていたりします。この程度の習慣の違いは、それほど人生に影響するとは思いませんが、夢や目標がある人にとって習慣というのは非常に重要な事だと僕は考えます。

サッカー選手になりたいと思っているのに朝食は食べないとか、夜遅くまで遊んでいたり、テレビゲームのやりすぎで寝不足になったりと想いとは違う行動が習慣になる事は非常にマイナスだと思います。毎日の何げない行動すべてが、夢や目標に繋がっていったらどんなに素晴らしい事かと思います。

例えば早寝早起き3食きちんと食事を摂る事、トレーニング前後のストレッチ、お風呂上りのストレッチなど良い習慣を身につける事が重要です。
もう1つはトレーニングで決められた事をきちんとすることです。走るトレーニングでよくあるのが、10mのダッシュなのに残り1〜2mを流して走ったり、コーンの外側を走るルールなのに楽をして内側を走る人がいます。これは小さな事のようですが悪い習慣になっている人と、きちんとトレーニングをしている人とでは、気づいた時には大きな差となって表れます。毎日繰り返されるものこそ大事にしなくてはなりません。

スポーツ選手に必要とされている「心・技・体」もそうですが、1日で急激に成長するものではありません。しかし意識を変える事によって人は大きく変わると僕は信じています。そして実行することです。何事もそうですが行動力がある人はパワーがあります。頭で理解していても行動しなくては意味がありません。

どうか夢や目標がある人は良い習慣と、感じたことをすぐに行動に移す力を身につけてほしいと思います。

2007年07月01日

出会い

今まで生きてきた中でどれだけの人と出会ってきただろう?本当に多くの人達と出会ってきたと思う。近所で友達ができて幼稚園、小学校、中学校、高校、プロ、そして今。忘れてしまった出会いあれば、一生忘れることのできない出会いもある。
出会いで人生は大きく変わると思う。それは人だけに限らず、スポーツ、勉強、音楽など様々な出会いがある。僕はその中で人とサッカーとの出会いに救われてきたように思う。そして出会ってはいけない人や物事はないと僕は考えている。

僕は小学生の時にサッカーを始めて6年生の時には全国少年サッカー大会で3位なって優秀選手賞を貰った。(自慢)当時の先生たちは非常に熱意もあって厳しかった。しかし本当に多くの事を学んだし、心から自分たちのことを考えてくれていると子供ながらに理解できた。しかし中学生になると僕のサッカー環境は大きく変わった。小学生の時はほとんど負け知らずの中、育ってきた僕にとって中学校生活は苦労の連続だった。先ず顧問の先生が全くサッカーを知らなかった事。そして自分たちの学年は部員が11人集まらなかった事。

当然大会には参加できなかった。そして1年生は球拾いが基本。そのころの僕は小学生時代の栄光を捨てきれず、自分のいる環境に非常に不満でやる気を失っていた。そうなると当然良くない方向に興味が沸いてしまい悪さばかりしていた。サッカーは大好きなのに球拾いだったり、顧問の先生の都合で練習がなくなったりと。今まで毎日当たり前のようにしていたサッカーができず、先生の情熱も感じず部をやめた。そんな時、僕を理解してくれていた先生たちが、小学生時代の仲間たちが声をかけてくれた。退部届を出してからの1週間は本当に多くの人に支えられた。その中で先生が僕に言った「お前はサッカーをしているときが一番輝いている。お前が今の部を変えてみろ」中学生の僕にとって非常に大きな言葉だった。今まで自分の置かれている環境のせいにしていたが、大事なことは自分自身のサッカーへの情熱に問題があることに気づかされた。そして僕は変わった。

3年の時には選手兼、監督という立場で練習メニューから試合の時のメンバーまで全部決めていた。今考えてみると自分でメンバーを決めて自分が試合に出るというのは不思議なことだ。しかもどんなに調子が悪くても自分は試合に出続けていたのだ。調子が悪いときはプレッシャーもあった。
しかし僕にとって最悪の環境だと思われたこの時期が僕自身に大きな成長を与えてくれた。選手としては周りに恥じないプレーを心がけ、監督という立場では毎日選手を観察した。決して強いチームではないチームをどうやって勝たせるか。どうやってチームを一つにするかなど、今まで考えもしなかったような事を本当に多く考えた。

僕の思い出話のようになってしまったが、大事なことは最期は全て自分次第で変わるという事。出会った人や物事、環境など全ては自分自身の捉え方でプラスにもマイナスにもなるということ。僕の場合、はじめ顧問の先生がサッカーを知らないからダメだと思った。しかし最終的には自分がやればいいという結論を出し、結果的にこの出会いは僕にとってプラスだった。また退部届を出した時にも多くの人から支えられていることにも気づかされた。生きている限り毎日何かしらの出会いがある。そのときその事に対してその人に対してどう感じるかが重要なのだ。

そう考えると出会いほど人生で貴重なことはないと思います。僕自身今までの出会いとは全く違った出会いが増えています。子供たちや父兄のかたなどこれかもっと多くの出会いがあると思うが、その全てを大切にして力にしていきたいと思います。

2007年09月01日

今年の夏は暑い日が続きましたね。
サッカーのような激しいスポーツはこの時期、本当に苦しいものです。

僕自身コーチになって初めての夏は、大変忙しく厳しいものでした。選手のように激しい動きはしませんが、グラウンドに出ている時間は現役の時より倍以上になりました。おかげで、顔は焼けているというより、焦げているように黒くなりました。

さて今回のコラムでは、半年間コーチとして小学生から高校生まで見て、共通して言える事がいくつかあって、その中の1つ「声」について書きたいと思います。

声を出すというのは、技術の1つだということです。そしてその声は個人にとっても、チームにとっても大きな武器になるということです。声の重要性というのを今の子供たちはいまいち把握していないように思います。
足先だけの技術にとらわれて、サッカーの基本であるボールを蹴る、止める、走る、そして声を出すということを忘れているように思います。これはプロの選手にも多く見られることですが、声を出していれば何事もなく済む場面で声を出せずにピンチをむかえたり、自分の狙いを味方に伝えられずミスになってしまったりと、本当にもったいない場面があります。

そしてもう1つ声を出せるか出せないかで、ポジションを失う可能性もあるという事です。例えば、スピードがあり技術もあるのに、声が出せないという理由でセンターラインを任すことができないこともあります。意識せずにいつも声をかけている選手もいれば、意識していても声に出せない選手もいます。これは簡単のようで一生克服できない人もプロの選手の中にもいます。だから声を出せるというのは今の時代にとって非常に武器なのです。

先日、本田泰人の引退試合に参加したとき、現ブラジル代表コーチのジョルジーニョと夕食で1時間以上サッカーの話をしました。その中でも声の重要性を話していました。声でカバーできる場面でその声が出せないと言っていました。声を出せない人が増えているのは日本だけではなく、サッカー大国ブラジルでも問題になっているようです。だからこそ、これからの時代で声を出せるというのは、個人としてもチームにとっても大きな武器なのです。

自分はキャプテンじゃないからとか、自分はタイプ的にプレーで見せるからとか、そういう問題ではないのです。声を出すというのは個人の技術なのです。だからこそ今の子供達にはもっと意識をしてほしいのです。声の種類も様々で、指示の声はチームを助け。励ましの声はチームに勇気や集中力を与えてくれます。

サッカーがチームスポーツである以上、声というのは欠かす事のできない技術の1つだと僕は考えています。

2007年11月01日

こだわり

「これからは足先だけの技術ではなく、心身を鍛えていきたいです」 これは僕が小学生の時に卒業文集で書いた1文です。

僕がプロで14年間やってこられたのはこの気持ちがあったからだと思います。
僕がずっとこだわってきたのは、強い気持ちです。そして指導者になった今も気持ちの重要性を伝えていきたいと思っています。

僕の場合、身長も低く身体能力にも恵まれなかった。それでも気持ちでは絶対に負けないというこだわりだけでプロとしてやってこられた。小学生の時に心で感じた事。それを現役が終わる時まで持ち続け14年間プロとしてやってこられた事に自信を持てました。 そして深いこだわりは、自分の自信と支えにもなるのだと今も思っています。だからこそ、選手達には小さい頃から色々な事にこだわってほしいのです。

メンタル・技術・体力、色々ありますが1つ1つにこだわりを持ってトレーニングに励んでほしいのです。 そのこだわりが多ければ多いほど、大きければ大きい程、選手として成長すると思います。 人よりこだわった事によって自信を持ってプレーでき、試合でも良いプレーを生み出してくれるのだと思います。

今僕は、指導者の立場として選手達にどうしてもこだわってほしい事があります。
それは基本技術の向上です。これは僕がもっとこだわるべきだったと14年間で1番感じた事です。
そしてそう感じさせてくれたのがジーコです。
後にも先にもジーコより基本技術の優れている人とは出会わなかった。だから彼はスーパースターだったのだと僕は思っています。スピード・パワー・スタミナ、特別なものはなかったと思います。ただケタ外れの技術をもっていました。

その技術はボールを止めたい所に止める。蹴りたい所に蹴れる。
とてもシンプルなものです。しかしこれがどんな状況でも出来るから凄かった。

わかってほしいのは、このシンプルな技術が色々な可能性を引き出してくれるという事です。
逆にこれができなければ、先に進めないのです。

この技術があって初めて想像性溢れるプレーや観客を魅了する事ができるのだと思います。
だからサッカーを本気で楽しむ為にも、トッププレーヤーになる為にも、基本技術の向上にはこだわってほしいのです。

2008年02月15日

忘れられない日

2008年1月22日は、僕にとって一生忘れることのできない日となった。指導者として約一年、一番多くの時間をともにしてきたフロンターレジュニアチームとの別れの日となったからだ。

今年の2月からユースのコーチ就任が決定していたため、この日が最後のトレーニングとなった。子供たちにはトレーニングの前に今日で最後だと伝えた。しかしトレーニングはいつものように始まり、いつものように終わった。トレーニング後の最後のあいさつでは、いろいろな事を話したかったが外は寒くて、風邪でも引かれてはと思い自分の気持ちの半分も言えないまま終わった。あっけなかった。

楽しいことも、辛いことも、いつも一緒だったから本当に離れるのが辛かった。しかし子供たちはいつも通りで、僕の中で自分の気持ちは伝わっていなかったのかなと、少し寂しさも感じた。

そしていよいよ帰るという時、数人の子供たちに手を引かれ事務所に連れて行かれて、「後ろを向いていて」と言われた。そして「いいよ」と声がかかり振り向くと、ジュニアの子供たちが全員集合していた。花束を渡され、一人の子供が作文を読んでくれた。読んだら泣くから読みたくないと言っていたが、せっかくだから読んでほしいとお願いした。そして泣きながら最後まで読んでくれた。みんなも泣きはじめ、僕は必死でこらえたが目は潤んでいたと思う。

 一昨年の引退セレモニーで泣いたときに、この先もう自分のことで泣くことはないと思っていたからすごく意外だった。

そして指導者になってはじめて出会ったのが彼らであったことを心から感謝したいと思います。夢や希望を与えようと一年間必死で接してきたが、その全てをもらったのは僕の方でした。夢も希望もそして勇気ももらいました。どんな時も本気で向き合うことで想いは届くと信じることができました。指導者としてどうして行けば良いかを教えてくれたのは子供たちでした。ユースへ行っても気持ちを大事に、ありのままの自分でやっていこうと決心させてくれました。そして彼らからの最後の言葉で、「ユースで待っていてね」と言ってきたのが最高にうれしかった。

僕は指導者というのは、子供に何かを与えるものだと思っていたが実際には違った。子供から受け取るものの方が大きく多かった。

昨年一年は僕にとって、とても貴重だったと思う。
この経験をユースへ行って活かしたいと思います。育成という枠の中でユースは子供たちの目標にあります。ですから、ユースをプライドを持った戦う集団にしていければと思っています。

そして2008年は子供たちに負けないくらいのパワーを持って臨みたいと思います。

2008年04月10日

見えない差

今回のテーマは「見えない差」です。
言葉の通り、目に見える体格、フィジカル、技術の差ではなく頭の中。感じる力や、考える力の差です。僕はこの目に見えない部分の差がスポーツ選手には大きく影響していると思います。

僕自身、学生のときから現役を終えるまで、どれだけサッカーのことを考えてきた方というと、疑問は残るが、常にアンテナは立てていたように思う。自分とは別の選手が指導を受けているときも自分のことのように感じ、いち早く理解し実行しようと考えていたし、選手同士の会話からも一番良い方向を見つけて行動しようとしていたと思う。そしてテレビやビデオなどから得た情報からは、自分の能力でできるプレーか、それとも能力的に厳しいのかなど、自分なりに理想のプレーヤーと現実の自分を考えながらトレーニングをしていたと思う。

小学生のときにはマラドーナに憧れていたが、現役を終えるときには、チームメイトにガットゥーゾといわれ、理想と大きく変わってしまった。(笑)でも自分の力を存分に発揮できる形を選手は、自分自身で気づく必要があると思う。
そのためにも、やはり感じる力、考える力は必要になってくると思う。個人としての自分、チームの中の自分、日本、世界から見た自分といったように周りとの比較も考えられると、より良い選手に繋がると思う。大人も子供も一日にサッカーができる時間、体を動かすことのできる時間は、それほど変わらない。
しかしサッカーのことを考えている時間というのは、人それぞれ大きく違うと思う。昔ジーコが24時間サッカーを考えろと言っていたことを思い出すが、人と差がつくのはこの部分が大きいように思う。

僕は指導者になってから、現役のときよりサッカーについて考える時間が増えた。選手のときに、もっともっとサッカーで頭の中をいっぱいにしていればプレーの幅は広がったと今更ながら思う。
トレーニング一つをとっても、そのトレーニングの意味をもっと深く感じられたと思うし、トレーニングが単なるトレーニングで終わらず、ゲームをイメージしながらできたと思う。ゲームの中でも相手のシステムの特徴を理解していればもっとサッカーを楽しめたと思う。
だから今サッカーをしている人達には、トレーニングはもちろんサッカーを勉強してほしい。体ではなく、頭の中でトレーニングに励んでほしいと思います。人には見えない頭の中で人一倍、努力してほしいと思います。それが自分の自信に変わり、人と見えない差を生み出してくれるのだと僕は思います。

最後に前回のコラムで、フロンターレジュニアチームについて触れましたが、彼らが一年間目標にしてきたダノンカップに優勝し、フランスで行われる世界大会に参加することが決定しました。本当におめでとう。
俺もフランスに行きてぇー…

2008年06月26日

レクリエーションゲーム

今回のテーマは「レクリエーションゲーム」です。
昨年ジュニアチームと関わり、今年からユースと関わっている中で、一つ感じたことがあります。
レクリエーションゲームのやり方が下手だということです。レクリエーションゲームの中には楽しむという意味があるのですが、楽しみ方が下手なように思います。ジュニア年代でレクリエーションゲームを行うと収拾がつかない位、メチャクチャになってしまいます。ふざけてスライディングをして、そのまま倒れっぱなしや、自分一人でドリブルをして取られても追わない。何かあるたびに倒れこむなど、ほぼ全員が笑ってプレーしてしまいます。最後にはお互い文句の言い合いもあります。ユースにしてもグランドに倒れこむものはいないが、口だけで体は動かさず、ミスをしても笑って終わってしまう。そこには真剣な場面や局面は見られません。

確かにそこには笑いも起きているし、楽しいのかもしれないが、そこから得るものは何もないように思う。遊びのゲーム、レクリエーションも本気でやるから楽しいのだと僕は思います。例えば鬼ごっこにしても、鬼が歩きで走ってこない鬼から逃げて楽しいのか?
かくれんぼで、かくれる気のないやつを見つけて楽しいのか?答えはノーだと思う。サッカーのレクリエーションゲームもお互いに真剣にやるから楽しくなるものだと思う。
本番の試合ではまだチャレンジしづらい事や、今自分が磨いている技をチャレンジしてみるとか。いつも安全なプレーしか選択しない場面で冒険してみるなど。成功したら今度は本番の試合でやってみる。というように、レクリエーションゲームでしか出来ないこともある。レクリエーションゲームとは真剣にサッカーを楽しめる一番良いものだと思う。

プロクラブの試合前日のトレーニングは、レクリエーションゲームを行うチームが多い。今思うと、レクリエーションゲームを真剣にやっている時代のチームは強かったと思う。鹿島でプレーした時の最初のレクリエーションゲームの緊張感は、今でも忘れられない。レクリエーションゲームという名の紅白戦だった。誰一人手を抜かず、少しでも軽いプレーをすると怒られた記憶がある。特にジーコと同じチームになると負けが許されなかった。
外国人選手はレクリエーションゲームを本当に楽しみながら真剣にやる。そして勝負にもこだわる。これは国柄なのかもしれないが、日本人の感覚とはちょっと違う。
大袈裟かもしれないが、日本人が世界と肩を並べるためには、レクリエーションゲームを含め、自由を与えられた時の遊び方が上手になった時のような気がする。

最後に僕の所属するユースチームが、クラブユースの全国大会出場を決めました。(パチ・パチ・パチ)僕自身は小学生の時と、高校生の時に選手として全国を経験していますが、指導者としては初めてなので非常に楽しみです。ユースはまだまだこれからのチームですが、全国でフロンターレ旋風を起こせるように頑張ってきたいと思います。

2008年08月29日

クラブユース

今回のコラムは、クラブユースについて書きたいと思います。

クラブユースとはJクラブから、町クラブまで全てのクラブの全国大会です。今大会の予選は福島県のJヴィレッジで、準決勝、決勝は三ツ沢で7月26日〜8月3日までの間行われました。フロンターレのユースチームは結果から申し上げますと、予選リーグ3敗の惨敗に終わりました。

指導者2年目の僕にとっては、本当に良い経験となり、同時に本当に悔しい思いをしました。そんな中から、これからの育成、クラブの在り方、自分の教えている選手たちに伝えるべきことが少し見えてきたように思います。

1つは全国という舞台で、日本のトップレベルの高校生がどのようなプレーをしていて、どのような取り組みをしているのか見えました。そして自分のチームの選手たちに足りないもの勝っているものなどを知ることができました。ユースの選手たちにとっても良い経験だったと思います。

ただ今大会で残念に思った事がいくつかあります。その中でも1番はどのチームも個々の戦いが少ないという事です。組織的なチームが多く局面でのボールの奪い合いやゴール前での迫力が足りないように思いました。確かに技術的には高いと思います。(準決・決勝)
簡単なパスミスやトラップミスも少なく、観ていても上手なのは分かります。ただ局面での激しさがないので、それが本物の技術なのか?海外のチームと対戦しても個人として通用するのか疑問です。そして観ている人がその試合を観て感動するのかということです。

スポーツの素晴らしさというのは、人を感動させることにあると僕は思っています。卓越した技術で人を喜ばせ、必死に頑張って勝利に向かう姿を見せることによって感動を生みだします。
今回このコラムを書いている期間に北京オリンピックが開催されました。僕はオリンピックを見ながら、改めてスポーツは人の心を動かすものでなくてはいけないと思いました。ルールも分からないレスリングやシンクロ、柔道、ソフトボール、他にも多くのものを見ましたが、全てに感動がありました。そこには4年に1度という強い想いがあるから、こちらもそれが分かっているから、勝者の涙、敗者の涙に感動するのかもしれないが、どれもその必死の姿に心を打たれ伝わるものでした。それと今回のクラブユースの準決、決勝を一緒にしてはいけないのかもしれないが、敗者の涙に感動を感じることができなかった。
涙を流すくらいならもっと走って戦えと思った。僕はこの年代だからこそ感動を与えられると思うしもっとできると思う。少なくとも僕は自分のチームの選手に、観に来ている観客、家族を感動させられる姿にしたいと思います。そのためにサッカーでは先ず走れなくては話にならない。そして高い技術、それを発揮する体とメンタル。あたり前のことだが勝利を目指し最後まであきらめない姿勢。そう考えると優勝したFC東京はそれがあった唯一のチームのように思う。

話はいろいろと飛んでしまったが、僕が言いたいのは他のチームの批判ではなく、自分のサッカーへ対するスポーツに対する想いです。スポーツは観てくれる人がいるから成り立つし、だれも観る人がいなければ自己満足の世界で終わってしまう。僕はサッカーを知らない人がフロンターレのサッカーを観て感動したと言ってもらえるチームに、選手たちにしていきたいと思っています。

2008年11月07日

等々力

先日、Jユースカップ(Jリーグユース選手権大会)を等々力陸上競技場で行いました。
相手はアルビレックス新潟です。結果は3-1の快勝でした。前半、押しぎみに試合を進めながらもミス絡みで1点を先制されてしまいましたが、後半、サポーターの後押しもあって3点を奪って逆転勝ちです。

この日の等々力は、僕たちU-18の試合前にサテライトの試合が行われていたため、多くのサポーターや観客の人たちが残ってU-18の試合を観てくれました。U-18の選手たちにとって等々力は近くて遠い場所です。トップチームやサテライトの試合の時に、チラシ配りや、担架などのお手伝いはするけれど、そのピッチに立ってプレーする事はほとんどありません。
だから新潟戦はサポーターや観客の方に心から感謝したいと思います。大勢の方の声援や歓声が後半の3点を生んだと思うからです。1つ1つのプレーに拍手が起きたり、ため息に変わったりと、選手たちが責任を感じながらプレーをしていたように見えました。多くの観客の中でプレーすると成長するのだと改めて思いました。

やはりフロンターレチームにとって等々力は特別なのだとも感じました。
またそれは、僕自身にも同じ事だと先日の試合で認識しました。新潟戦の前日から少しテンションが上がっていたように思います。選手の時のような緊張感ではなく、何か大きなイベントを待っているような気持ちでした。今まで当たり前のように踏み入れていた等々力のピッチも、考えてみると引退してからは、約2年で2回目です。自分がプレーするわけではないけれど、すごく嬉しかったです。

そして今、僕たちのホームスタジアム等々力陸上競技場を改修しようという運動をしています。(署名など)1番の理由は、安全に試合を観戦できるようにしたいという事。個人的には控え室などをもっとキレイにするべきだとも思います。等々力というのは、フロンターレのホームスタジアムであるのと同時に、みんなのものであり、憧れの場所であります。

ジュニア年代の準決、決勝なども等々力で行ったりしますが、どのチームも本当に嬉しそうに足を踏み入れている。それは、子供たちだけではなく監督やコーチ、父兄の方も同じです。

川崎市民にとって等々力は特別だと思います。
だからこそ、みんなで等々力陸上競技場の改修を後押しして欲しいです。

もうひとつ11月24日等々力で14:00から、U-18が浦和と対戦します。是非、観に来てください。よろしく!

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