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ピックアッププレイヤー orihica

 2007/vol.11

  ブラジルはアマゾン川流域に近いパラ州・べレインという田舎街で4人兄妹の長男として生を受けたマギヌン。多くのブラジル人の子供がプロサッカー選手を夢見てボール遊びに興じるこの国で、彼は夢を現実のものにした。しかし、プロになったいまでも現状に満足することなくステップアップを目指す。そして2007年。生まれ故郷の地球の真裏にある日本で、マギヌンはがむしゃらにサッカーボールを追いかけている。

「僕の家庭は裕福ではなく、事情があって兄妹とは離れて暮らしていて祖父母に育ててもらった。だから、子供の頃から欲しいものは自分の力で手に入れなければならないという考えが、自然と身についていったんだ」

 11歳のときに地元のサッカークラブ、トゥナ・ルーゾのジュニアチームに入団したマギヌン。当時のアイドルはブラジルの英雄ロマーリオや、絶頂期にあったリバウド。とくにリバウドは、同じ左利きでアタッカンチ(攻撃的MF)というポジションも重なっていたこともあり、子供の頃から彼のプレーを真似ながらボールテクニックを磨いた。さらに同郷でトゥナ・ルーゾから巣立って行った選手のなかに、スペインのバルセロナでも活躍したジオバンニ(バルセロナ)がいた。マギヌンは地元のスーパースターへの憧れを抱くと同時にプロの世界を身近に感じ、乗り越えられない壁はないと強く感じたという。順調に成長を続けたマギヌンは、プロ選手を目指してトレーニングに励んだ結果、高校卒業後、トゥナ・ルーゾのトップチームとプロ契約を結ぶ。

「ジュニアユースチームがサンパウロの大きな大会に出場したんだけど、僕は選抜メンバーに入れず、クラブに残って練習していたんだ。そんなとき、トップチームのスタッフがたまたまジュニアユースのトレーニングを見にきて、僕のプレーに興味を持ってくれたんだ。結局、そのシーズンにトップチームに上がれたのは、僕と、僕と同じく選抜チームに選ばれなかった選手の2人だけだった。僕がプロの世界に入れたのは、選抜メンバーから外れたのがきっかけというわけ。不思議な巡り合わせだよね」

2 17歳でプロの世界に足を踏み入れたマギヌン。しかし、当時のブラジルは将来有望な若いサッカー選手といえども高額で契約をする例はなく、彼も初めて契約したときの条件はさほど良いものではなかった。プロに入って生活は安定したものの、2、3年は裕福とはいえない状態が続いた。

「現状に満足することなくレベルアップを目指すことで、所属クラブもトゥナルーゾ、パイサンドゥ、ヴィトーリア、サントスと徐々にキャリアアップすることができた。『まだ上があるんだ、次がある』という気持ちでトレーニングに励んでいたよ」

 気づけば、ブラジルの名門サントスで、シーズンの約半分の試合でスタメンを務めるほどまでに成長していたマギヌンは、各クラブから注目を集める存在になった。そして2006年の半ばをすぎた頃、代理人から日本のチームからのオファーがあることを告げられる。昔から海外に出てプレーすることを夢見ていたマギヌンにとって、この上ない朗報だった。

「すごく嬉しかったよ。日本はクラブとしての経営基盤もしっかりしている。ブラジルのクラブのように、突然給料が支払われなくなるなんてこともまずないからね。じつは以前に、ドイツのボルシア・メンヘングラートバッハというクラブに移籍する話もあったけど、それは諸々の事情で契約がうまくまとまらなかったんだ。だから、今度こそチャンスをものにしたいという気持ちがすごく強かった」

 日本のトップリーグの川崎フロンターレというクラブに半年間か、それとも2部のチームに1年間か。代理人から契約内容を伝えられたマギヌンは、日本でのプレー経験があるブラジル人選手をはじめ、いろいろな人から意見を聞き、フロンターレでプレーすることを決断した。

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マギヌンORIHICA

「最初に日本に来たとき、空港から表参道のブラジル料理店に連れて行ってもらったんだけど、通りを歩いている人の多さにビックリした。カーニバルの最中かと思ったよ(笑)。その足でキャンプが行われている函館に移動したから気候は快適だったけど、川崎に戻ってきたときは湿度の高さにまいったね。ブラジルは暑くてもカラっとしているし、冬でもサンパウロなら寒くても10度ぐらいにしかならないから。最初は日本の四季に戸惑ったけど、いまじゃまったく問題ない。慣れればなんとかなるものさ」

 シーズン途中での加入ながら、マギヌンは瞬発力を生かしたプレースタイルで1.5列目のポジションのレギュラーを獲得。シーズン中盤の山場、『修羅場3』対G大阪戦では、チームに合流して間もないななかで決勝ゴールを決めるなど、ここ一番で勝負強さをアピール。また、90分間落ちることのない豊富なスタミナも、フロンターレの新しい武器となった。マギヌンのスピードとテクニックは事前にある程度は見こんでいたものの、スタミナに関しては未知数だっただけに、強化部としては嬉しい誤算だった。マギヌン自身も、積極的にチームメイトに話しかけ、日本のサッカーに溶け込む努力を続けた。

「来日してからは、まず日本語を覚えようと一生懸命だった。いまでは日常生活には困らない程度の日本語が理解できるようになった。よく聞く努力をして、間違ってもいいからどんどん使ってみることが大事。恥ずかしがって日本語を使うことを躊躇していちゃ上達しない。覚えようという真剣な気持ちがあれば、チームメイトたちが何を話しているのかを自然と聞くようになるものさ。日本語のやさしい文章が書いてある本を見たり、日本のテレビ番組もよく観ているよ。とくにお笑い番組が好きだ。『欧米か!』とか『どんだけぇ〜!』といったギャグをチームメイトの前で使うと、良いコミュニケーションになるんだよね(笑)」

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 日本の文化に合わせることも学んだ。何をするにしても自己責任という個人主義の傾向が強いブラジルとは違い、協調性を重んじる日本の文化を尊重した。

「日本は礼儀正しい人ばかりだし、治安も良い。すごく気に入ってるよ。日本は時間をしっかり守るのが当たり前。そして何か間違ったことをすればそうじゃないと教えてくれるし、参考になる意見を出してくれる。日本に来て人の意見を聞くことの大事さを学んだ。あと日本は何でも揃っているから、すごく生活しやすい国だ。いまはインターネットがあるから、ブラジルの友達とメールでやりとりができるし、ブラジルの情報も仕入れることができるから不都合もないし。日本の食べ物も好きだよ。焼き鳥と焼肉がおいしいね。ただ、地震の多さにはいまだに慣れないけど(笑)」

 2007シーズンの契約を勝ち取ったマギヌンは、開幕戦で決勝点を決めて幸先の良いスタートを切った。さらに続くACLグループステージ初戦、インドネシアで行われたアレマ・マラン戦では、試合開始数十秒で先制ゴールを記録。一度は追いつかれたものの、終盤に再びゴールを叩き込み、フロンターレの国際試合初勝利に貢献した。

「1年の最初となるゲームを勝利でスタートできた。しかも、決勝点は自分のゴール。当然うれしかったよ。これから長いシーズンを戦っていく上で、自信につながるゲームだった。次のACLのゲームでは長距離の移動や温度の変化に疲れを感じたけど、チームがひとつになって勝利を収めることができた。我慢をしながら粘り強く戦った結果だ思う。去年は自分にとって、日本のサッカーを知る期間でもあった。今年はシーズン前のキャンプからチームメイトと一緒だから、スタートラインがみんなと同じ。主力メンバーとして結果を残していかなきゃならない」

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ORIHICA シーズン序盤はマギヌンがキープレーヤーとなり、チームは勝点を重ねていった。攻撃面では前線と中盤のつなぎ役となり、FWが徹底的にマークされたときにはスペースに飛び込みゴールを狙う。一方、守備面では相手のパスコースを消す献身的な動きで中盤以降の選手の守備を軽減。マギヌンはいつしか、いまのチームに不可欠な存在となっていた。

「だからといって満足はしていない。日本での生活も慣れてきたし、結果を出し続けて、少しでも長く日本でサッカーを続けたいからね。日本のサッカーも年々レベルアップしているし、個人的にもJリーグのスピーディーなスタイルが好きだ。川崎フロンターレというクラブもすごく気に入ってるよ。ケンゴ、エイジといった日本代表に入るような能力の高い選手がいるし、みんなフィジカルも強いし技術も正確。僕がチームに入ってまだ1年しかたっていないけど、どんどんレベルアップしているのを感じるよ。ピッチのなかだけじゃなくてプライベートでもチームメイトと仲良くさせてもらっているし、充実した日々をすごすことができている」

89 だが、シーズンの頭からフル稼働していた影響か、6月に肉離れを起こしてリーグ戦5試合を欠場。マギヌン自身も好調をキープしていただけに、残念な戦線離脱となってしまった。
「開幕以降ずっと良い調子をキープしていただけに、怪我をしてしまったのは痛かった。すごく悔しかったよ。応援してくれるサポーターにも申し訳ないという気持ちで一杯だ。チームも勝てない時期で苦しんでいたし、僕が抜けたことでチームメイトに負担をかけてしまった。いまは、1日も早くケガを治してチームに貢献したい気持ちだけ。ゲームに復帰したら、僕のことを温かく見守ってくれた人たちにプレーで恩返ししたい」

 今シーズンの後半戦も、フロンターレにはリーグ戦と平行してナビスコカップ、ACLを戦わなければならないタイトなスケジュールが控えている。怪我でシーズン前半を棒に振ってしまったフランシスマールとともに、マギヌンの復帰はチームにとって大きなプラス材料となる。

 今年は最低でもひとつタイトルを獲りたいし、フロンターレにはその力があると思っている。Jリーグだけじゃなくてカップ戦も優勝できる可能性があるんだ。このチャンスを逃すわけにはいかないよ。ACLにしても、優勝すれば世界クラブ選手権に出場できるんだ。これは僕だけじゃなくて、チーム全体のモチベーションになっているよ。連戦が続いてハードなゲームばかりになりそうだけど、僕はハードルが高ければ高いほど燃えるタイプなんだ。俄然、やる気が出るよね」

 ブラジルから日本、そして世界の舞台へ。夢が広がる一方だ。

「僕はいま、サッカー選手としてすごく幸せな経験ができている。たとえ環境に恵まれていなかったとしても、一生懸命に取り組めば叶わない夢なんてないと信じているよ。大切なのは、苦しいときも辛いときも頑張れるように明確な目標を持つこと。最後まで諦めない気持ちがあれば、どんな苦境も乗り越えることができる。幸いなことに僕は子供の頃からの夢だったプロサッカー選手になれ、育ててもらった母親や祖母に家を買ってあげることもできた。今度は僕の子供が路頭に迷わないように、いろんなものを残してあげたいんだ。つねに目標を持ってサッカーに取り組んでいる。サッカー選手を辞めたとしても、何らかの形でサッカーに関わっていきたいと思っているよ。スポーツフィジカルの先生になってフィジカルコーチを育ててみたいし、ブラジルの貧しい子供たちのためにサッカースクールを開きたい。それはいまは夢かもしれないけど、諦めずに頑張れば現実になるかもしれない。これまで僕はいろんな壁に直面してきたし、これからも大きな壁にぶち当たるだろう。でも、さっきもいったように、僕は困難な目標であればあるほど達成したいという気持ちが強くなっていくんだ。つねに上を目指して頑張るよ!」

 [まぎぬん]
前線で休むことなく動き続ける豊富な運動量が魅力。2年目の今季、よりゴールに絡むプレーを期待したい。1982年3月24日生まれ、ブラジル出身。174cm、72kg。
>詳細プロフィール

www.orihica.com

ORIHICA's FASHION NOTE

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トップス

シャツジャケット
8,190円

インナー

ヘンリーネックカットソー
3,990円
(8月下旬発売)

ボトムス

コットンパンツ
7,140円

オリヒカ担当者から

今回より秋の新作アイテムをご紹介します。コットン素材で1枚仕立てのシャツジャケットは本格的なミリタリーディテールが特徴で初秋より着用いただけます。今回はあえてミリタリーテイストにするためベージュのコットンパンツとヘンリーネックカットソーを合わせました。マギヌン選手、暑い中、お疲れ様でした。

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