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ピックアッププレイヤー

2009/vol.17

〜GK28/杉山力裕選手〜

ピックアッププレイヤー:杉山力裕

チャンスとは、巡ってくるものではなく、自ら掴むもの。
チャンスの女神に微笑んでもらうため、何をしなければいけないのか。
その時が来るまで、待つ間にもやるべきことを積み重ねる。
そして、杉山力裕は、その輝きの瞬間を掴み取った。

1 サッカーの試合は90分間。

 だが、選手たちはその90分だけに全力を尽くせばいい、というわけでは、もちろんない。試合に出るためには練習でアピールし、チームメイトたちの中から11人に選ばれなければ当然だがレギュラーとして試合には出られない。試合に出て、なおかつ勝利を得るまでには日々のコツコツとした積み重ねが必要なのだ。

 7月29日、ヤマザキナビスコカップ準々決勝対鹿島アントラーズ戦。杉山はこの日、メンバー入りは果たせずスタンドから試合を見つめていた。ジュニーニョがロスタイム4分の残りワンプレーで神懸かりなゴールを決めたが、もしもあのゴールが入っていなければ、杉山の運命もまた違ったものになっていただろう。

 この日、フロンターレは延長戦で鹿島アントラーズを制し、ナビスコカップ準決勝進出を果たした。そして、その瞬間から杉山は試合に出るための心の準備を始めた。

「ナビスコ準決勝という大きな舞台でエイジさんが代表で抜けるというのはわかっていたので、自分が出るんだ、という強い気持ちをもっていました。そういう意味では、自分で試合に絶対に出ると決めてから一ヶ月以上あったので、心の準備ができる時間は十分にありました」

 周囲からは突然巡ってきたチャンスに見えたナビスコ準決勝での杉山の初出場だったが、当人のなかでは、一ヶ月間で気持ちを作り、満を持して迎えた試合当日だったのだ。

「とくに変えたことはありません。ただ、力み過ぎないようにというのは気をつけました。プレーの面では、後ろからどっしりと安定感があるプレーや、ディフェンスに対してのコーチングをしっかりやること。課題面では、とくにエイジさんから劣っている足元のキックをトレーニングに取り入れました。イッカに蹴ってもらったり、ボールを置いて集中して蹴る練習をひとりでやったり。まだまだ継続中ではありますが、克服しようと思って準備期間を過ごしました」

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1 プロ入りしてからの杉山には目標があった。プロ入り1年目は、怪我に悩まされ、まともに練習ができなかった。焦る杉山に、当時在籍し、ともにリハビリの時間を過ごした米山篤志が声をかけた。

「まだ若いんだから焦る必要はぜんぜんない。ちゃんと治してそれから頑張ればいい」

 その米山の言葉に、杉山はいまだに「救われた」と当時を振り返る。そして、プロ入り2年目からやっと怪我なく練習をこなせるようになったが、その年はプロの練習についていくことだけで精一杯だった。プロ入り3年目の昨年は、「土台を作る3年間の集大成」と決めて、練習に取り組んだ。

「3年間フロンターレでトレーニングしてきたなかで、フォワード陣もすごい人ばかりだし、練習をやっているだけで力がついて、そのなかでもまれて少しずつ自信にもつながっていきました」

 GKは、ひとつしかない特殊なポジションである。そういう意味では、そのひとつのポジションを巡って「待つこと」が必要になる。

「忍耐とか我慢はGKには必要なメンタルですね。でも、そういう待つ時間だからこそ、レベルアップできることがあるんじゃないかと考えてやってました」

 そして迎えた2009年──。
 試合に出る。という強いモチベーションをもって新たなシーズンに臨んだ。
「今年シーズンが始まる前に、いつでもいける準備をしていこうと心の中で決めていました」

 9月1日、ナビスコ準決勝前日、麻生グラウンド。
 2日前の練習は雨で室内トレーニングに変更になり、マリノス戦に向けた練習は実質試合前日のみだった。その日の紅白戦で、Aチームが着る黄色いビブスをつけた杉山は、そこで初めて「試合に出る」という答えをもらった。
「とにかく力まずに、普段どおりにやろうと思いました」

 明日迎えるこのデビュー戦にいたるまでに、どれだけの人に支えてもらったか。両親、家族、友達、小さい頃から巡り合ってきた指導者たち、フロンターレのスタッフ、チームメイト、サポーター。その思いをかみ締めた。

「不安に思うくらいなら大舞台を楽しめるくらいの心の余裕をもとう。準決勝という場でやらせてもらうことに感謝しよう」

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 9月2日、ナビスコカップ準決勝対横浜F・マリノス戦。

 朝すっきりと目覚めた杉山は、いつも通りのリラックスした時間を過ごしていた。ランチは養父とともにパスタを食べ、ひとり愛車で集合場所へ向かった。ところが、試合に向けた軽食を摂っている時、その儀式によって「試合」を過度に意識して緊張に襲われてしまう。緊張を解きほぐしてくれたのは、チームメイトたちだった。
 森は、そんな杉山を察して、すかさず声をかけた。

「もう緊張してんの! 杉山、まだ早いよ!!」
 いつもの森らしい突っ込みに、杉山の固まった表情は崩れた。

 等々力に着いてからも、集中力が増していくのを杉山は感じていた。だが、心の片隅で「絶対に結果を出さなければ」という力みもあった。そんなとき、谷口がいつもと変わらない調子で、さらりと声をかけてきた。

「ガチガチにならずに楽にいきなよ。1点ぐらい取られたって大丈夫。みんなで点取るし」
 その言葉で杉山は気持ちがスーッと楽になるのを感じていた。

「どうしてもゴールキーパーの心理としては、完封して勝ちたいという気持ちが強くなるなかで、何気ないタニくんの言葉は、自分はひとりじゃないし、みんながいる。みんなが点を取ってくれることを信じてやろうと思えた」

「いま自分にできる限りのことをやってやろう」という気持ちが高まった。

 それからは、自分のペースでアップ前の時間も過ごしていた杉山。すると、あまりにマイペースに調整して時間をを心配したスタッフが「アップまであと2分」と杉山を呼びに来た。イッカコーチからも「大丈夫か? あと2分だぞ」と言われたが、杉山は笑顔をみせた。そしてその2分間、しっかりとストレッチをして、ピッチへと走っていった。緊張で周りがみえなくなることもなく、焦ることもなく、自分と向き合ってマイペースに時間を過ごせていた証だろう。

11 フィールドプレイヤーよりも一足先にGK練習が始まったその時、ふとサポーターの方を見ると横断幕が掲げられているのがわかった。
「お前の力をみせてやれ」

 どんどん集中力が高まっていった。同時に、いつもの冷静さや落ち着きもある自分も確認していた。
 GK練習が終わると、イッカコーチに声をかけられた。
「とにかく自信をもって落ち着いてやりなさい。練習どおりに力を出せば問題ないから」
 杉山にとってイッカの言葉は、精神安定剤のようなものだ。「自信」が体中に漲っていくようだった。

 「すぎちゃん」と声をかける者がいた。
 この日は、GKの控えにまわった相澤だった。
「練習どおりにやれば、すぎちゃんは問題ないから大丈夫」
 川島が代表で不在になるこのナビスコカップ準決勝で、杉山が抜擢されるのか、相澤が出るのかは最後までわからなかった。当然、相澤にとっても試合に出る最大のチャンスであり、試合に出たい気持ちは変わらなかったと思うが、ともに練習をしてきたライバルであり仲間である後輩に対し、そう言葉をかけてくれたことに杉山は感謝した。

「ザワさんは試合前日にも同じように声をかけてくれたんです。そういうのってできるようでなかなかできることじゃないと思います。そういう言葉をかけられるザワさんの器の大きさを感じました」

 杉山は後日、そのエピソードを話した時、ひとつうなずいてこう続けた。
「本当にキーパー陣の練習の雰囲気は厳しいなかにも楽しさがあって、チームの和を感じられるので、いい状態でやれているなと思います。エイジさん、ザワさん、安藤、みんなのいいところを自分も盗んでいきたいし、切磋琢磨してやってきました。そう思わないですか? キーパー陣の雰囲気、いいと思いませんか?」
 GKの仲間たちについて語る杉山は何だか嬉しそうで、インタビュー中一番の笑顔をみせた。

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 舞台は、再び等々力に戻る。

 キックオフ前にDF陣とハイタッチを交わしたとき、みんなが「思い切ってやれ」「俺たちがカバーするから」と声をかけてくれた。試合中もちょっとしたプレーでも「ナイスプレー」などと声をかけてもらう場面が多々あった。

 そして──。

 ホイッスルの瞬間は、張り詰めていたものから解放されて、無意識にうずくまった。やろうとは決めていたが、まさか完封できるとは自分でも思わなかったからだ。起き上がると村上、ジュニーニョが「おめでとう」と声をかけてくれた。森には抱きつかれて頭を何度も叩かれ「パーフェクトだよ!」と言われた。寺田には「初めてで、すげーよ。本当に完璧だったよ」と言われた。至福の瞬間だった。

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 試合終了直後こそ、感極まっていた杉山だが、ロッカールームでシャワーを浴びている間に、すでに落ち着きを取り戻していた。着替えて記者の前に姿を現したときには、次の試合に向けて冷静に話した。
「まだ半分が終わっただけ。次の試合に向けてすぐに切り替えていきたい」

 杉山のデビュー戦は、おそらく本人も周囲も考えている以上に落ち着いたプレーぶりで、いい内容と結果をもたらしたと言えるだろう。だが、そのために杉山がしてきたことを考えると、やはり準備や日々の積み重ねがすべてだということがよくわかる。

「練習は試合のように。試合は練習のように」
 杉山は、中学生の頃から、誰かに教えてもらったわけではなく、そのことを自分に課してきた。
「試合は、着ているユニホームが違うだけ。練習も試合も同じように取り組めば、いつも自分の力が出せるようになる。常に練習のときも平常心というか落ち着いてプレーするように心がけていました」

 とはいえ、杉山にももちろん挫折の経験があり、失敗から学んだうえでいまの気持ちの作り方が確固たるものになったのである。

06 それは、高校時代にさかのぼる。
 静岡学園高校時代、井田監督は杉山を含めた3人のGKに平等にチャンスを与えた時期があった。チャンスを掴みたいと思った杉山は、自分に出番がきたときにいいプレーをしよう、アピールをしようと必死になった。その結果、どうだったかというと、インターハイにGKとして舞台に立てなかった。

 そこで杉山はひとつの気づきを得た。自分のことばかり考えていたことに気づいたのだ。
 ラッキーだったのは、インターハイが終わった後、また平等にチャンスを与えられたことだった。自分ではなく、チームが勝つために。そう考え方を変えると、パッと視界が開けた。

「自分がいいプレーをしようという気持ちが強くなると、力みすぎてかえって自分の力を出せないし、自分はこんなんじゃないと思っていらいらしてしまうんですね。だからプレーも落ち着かなくなる。それに気づいてからは、自分というよりチームが勝つためにはどうしたらいいかということを考えるようになりました。そうすると、自分がわざわざいいプレーをしなくても周りに声をかければシュートも打たれないし、味方を動かせばコースも限定できてシュートも正面でキャッチできて楽になる。そうなるとチームの失点が減って勝てるようになり結果が出るから自分も楽しくなる。楽しくなればイライラがなくなる。調子もそこから上がってきて、それで選手権ではポジションを得ることができたんです」

 いま、杉山が得意としているコーチングは、高校時代に培ったものだった。だが、振り返ってみると、プロ入り後、その武器すらも活かせなくなった時期もあった。自分より年上の選手たちに対して遠慮してしまうところがあったのだ。どっしりと安定感があり、最後尾からチームメイトを支えることを信条としてきた杉山にとって、そういう弱い自分を発見してしまったことはもどかしさ以外の何物でもなかった。

 だが、いまの杉山はかつての逡巡は微塵もない。村上も「練習中から叫んでいる。たぶん、すぎちゃんの中で心境の変化があったのでは」と指摘する。
 その変化の理由こそが、自信という強さだった。

「やっぱり練習していくなかで自分のプレーに自信をもてると、いい意味で気持ちの余裕を持てて視野が広くなる。周りを見渡せる余裕ができて、遠慮をしなくなったというのはあると思います。それは、フロンターレのレベルの高い中で練習して培ってきたものだと思います」

 もちろん、心の持ち方や自信という精神的な面だけでなく、技術面でも確実にステップアップしてきたものがある。一番大きな経験は、期間を置かずに続けて実践を踏めたことである。間があくサテライトと違って、試合で出た課題を次にすぐ活かし、確かめることができた。そのひとつが、飛び出す際の判断に現れた。

「クロスボールの飛び出しの判断ですね。いまは、基本的にすべて『自分が出る』と決めています。そうすると、出ないという判断だけをすればいい。これが、自分が出るか、出ないか、という判断をすると選択肢がふたつに増えてしまい、どうしても一歩、二歩が遅れるんですよね。そういうひとつのわずかなプレーで局面が変わってしまうので」

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 さらに、様々なスタイルのチームと対戦したことで、いろいろなシチュエーションでどう対応していくのか、ということがプラスの経験値となったことも大きかった。

 試合を経験したことで、確実に杉山はステップアップをしただろう。待つ時間の過ごし方、モチベーションを落とさず目標を見つけて努力をした結果、待った時間は報われた。この先、「いつかはエイジさんを」というかつての杉山の姿はなく、「いつ自分が出ても大丈夫」というさらに強い気持ちでトレーニングに臨むことだろう。

「もちろん自分が出たいという気持ちがあるなかで、使う使わないは監督やコーチの考えること。僕はエイジさんがいる、いないに関わらず常にいい準備をしていつ自分にチャンスがめぐってきてもいけるようにモチベーションを下げず、日々を過ごしていきたい。GK陣たちとともに、いいトレーニングができているから充実感があります」

 そして、改めて杉山が常々言ってきた感謝の言葉を口にした。
「本当にいままでいろんな人に支えられたからこそサッカーが続けてこれた。サッカーをやらせてもらっていることに常に感謝しなければいけないと思っています。本当に自分はこれまで、いい人たちに巡り合ってきたなぁとしみじみ感じています。感謝の気持ちはこれからも忘れたくないですね」

 チャンスの女神は、誰にでも訪れるものではない。
 そのチャンスを掴もうと日々を過ごしている者にだけ微笑むのだ。

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[すぎやま・りきひろ]

年代別日本代表にも選出された経験のある将来有望なGK。サテライトリーグで試合経験を積み、順調に成長を続けている。川島永嗣という大きな存在に刺激を受けながら、将来の正GKの座を見据えて日々のトレーニングに取り組む。186cm/77kg、1987年5月1日静岡県静岡市生まれ。 > 詳細プロフィール

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