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ピックアッププレイヤー

2012/vol.03

ピックアッププレイヤー:DF2/伊藤宏樹選手

2001年にフロンターレに加入、2005年からキャプテン就任。2年ぶりに今季キャプテンに
復帰した伊藤宏樹。思いを込めて、いざ2012シーズンが開幕する──

01「俺のせいです」。

 そう、伊藤宏樹は言い切った。

 昨年、フロンターレはリーグ戦11位と低迷した。スタートダッシュに成功したものの、8連敗と苦しい時期が続き、タイトル獲得をめざしていたにも関わらず、結果的には残留争いにも顔を出してしまうというパッとしない戦績に終わった。

 チームの不調とともに、この男もまた、不本意なシーズンを送っていた。

 2001年のフロンターレ加入以来、2009年まで怪我を滅多にすることなく、ほとんどの試合でピッチに立ってきたフロンターレの「鉄人」。2005年からキャプテンに就任し、フロンターレといえば、キャプテンは伊藤宏樹というイメージは色濃くなる程に、常にチームを後ろから支えてきた。

 そんな伊藤がキャプテンを離れたのは2010年のこと。そして、2010年はリーグ戦で23試合と試合出場数が減少、さらに2011年は、わずか10試合出場にとどまった。

 昨シーズンはキャンプ中の怪我から始まり、治っては再び怪我をする、という繰り返しだった伊藤。しっかりと怪我が治り、レギュラーとして試合に続けて出られるようになったのは、もう秋も深まりシーズンが終わろうとしていた時だった。
「自分ではそんなつもりはなかったけど、怪我の多さはそれまでほとんど怪我をしたことがなかったことを思うとやっぱり自分自身に原因があっただろうし、抜け殻だった…のかもしれない」

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 伊藤が歩んできた道のりは、フロンターレの歴史そのものだ。

 2001年に立命館大学からフロンターレに加入。加入が内定した年には「J1」だったフロンターレは、伊藤の加入を待たずにJ2にわずか1年で陥落していた。想定外の茨の道だったが、ルーキーイヤーから試合に出ていた伊藤にとってはプラスに働いた要素にもなった。試合に出続けることで経験と成長は右肩あがりに伸びていき、そこから4年かけてJ1昇格の切符を遂に掴んだのだ。

 伊藤がキャプテンに就任したのは自身のJ1初シーズンとなった2005年。そこからのフロンターレは快進撃を続け、翌年にはリーグ戦で2位という成績をおさめてACLの出場権を獲得するなど、一気にタイトル獲得も夢から現実へと近づいていった。

 そうしたチームとしての積み重ねをキャプテンとして、創り上げてきた自負があった伊藤にとって、もしかしたら、「キャプテン」ではない自分に対する存在意義をうまく見出せなかったとしても、それまでの功績を考えるとやむを得ないという気もしてしまう。

「でも、そんなことはプロとしては絶対に言えないこと。逆に肩の荷がおりて、いいプレーをする選手もいるだろうし、そうならなかったことは自分の甘さとしか言えません」

 昨シーズンは、自分に対するそうした苛立たしい気持ちと、8連敗というかつてないどん底の経験に、危機感を募らせていたという。

「いろいろ考えることはありました。もちろん選手として自分のコンディションが上がっていないというところは一番大きかったけど、やっぱり等々力で勝って、サポーターも含めてチームとしてフロンターレのいい雰囲気を作ってきたから、それが等々力で勝てなくなって、サポーターに期待をさせるような魅力がなくなってきてしまっているんじゃないかっていう危機感がすごくありましたね。うちは、最初から大きなクラブだったわけじゃなくて、ホームで結果を残してきて、それに加えて地域の貢献活動やサポーターとの距離など相乗効果でここまで大きくなってきた。それが、本業の試合でみんなの期待を裏切ってしまったら…」

そして、こうつけ加えた。

「それでも、応援してくれたサポーターには本当に感謝しかないです」

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 2011年が終わり、2012年が迎える頃、伊藤は今年の目標について考えていた。昨年の結果を踏まえて、自分はどうすべきだろうか、チームはどうあるべきだろうか、ということについて考えた。

「昨年は、うまく結果が出ていた時期と出なかった時期がハッキリしていましたよね。監督がかわり、メンバーもかわったなかで、相馬監督が思い描くサッカーに選手が追いつかなかった部分もあっただろうと思います。それに、ずるずると連敗をしてしまったのは、チームとしてまとまりきれていない部分があったんじゃないかって。だから、選手同士、選手とスタッフ同士の信頼感が今年のテーマになるんじゃないかと思いました」

 そして、迎えた始動日。
 相馬監督は、4人の選手を集めた。
 そこで告げられたのは、伊藤宏樹チームキャプテン、中村憲剛ゲームキャプテン、小宮山尊信、稲本潤一の副キャプテン就任というものだった。

「やるしかないな」と伊藤は、思った。
 と、同時に自分自身に対して、それまでの2年間から突き抜けるための、いい発奮材料になる、と感じた。おそらくモチベーションという意味で、本人の意識以上に漲ってくるものがあっただろうと、思う。それぐらい、伊藤にとっては選手個人としてどうあるべきか、と同等かそれ以上にフロンターレとしてどうあるべきか、ということに常に頭を悩ませ、考えてきたからだ。

「昨年は優勝をめざすと言いながら残留争いに呑まれてしまった。今年もう一回タイトルをめざしてスタートしているので、そのためにみんながどう行動するかが大事だと思う」

 稲本と小宮山も「コミュニケーション」ということを強調した。

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海外の複数のクラブでプレーし経験豊富で頼りになると伊藤が信頼をおく稲本は、「いちばん長くやっていることというのは重要なことだし年齢も上なので、そういう選手の発言や行動がチームの士気を左右する。宏樹さんがキャプテンなのは当たり前のことだし、それだけの経験と人間性を培っている。今年は一体感というテーマで選手たちが考えて行動するということを監督も求めているなかで、キャプテンとか副キャプテンとかそういう立場関係なく、コミュニケーションをとっていきたいと思っている」と、引き締まった表情で話してくれた。

 小宮山は「感受性を大事にしたい」と言った。
「監督と選手の考えや感覚がずれないようにしてくことが重要だと思う。監督の考え、他の選手の考え、自分の考えを大事にして、しっかりコミュニケーションとっていきたいと思う。宏樹さんは求心力があるから人が集まってくるし、言いやすいというところもあると思う。僕自身はいろいろな事を観察して、僕なりにチームをサポートしていきたい」

 ゲームキャプテンに就任した中村憲剛とは、お互いにどういう役割を担うべきか、知り尽くしている。

 中村憲剛は、こう語る。
「やっぱり昨年の順位の歯がゆさ、悔しさというのがあって、もっとチームのために働きたいという気持ちもあった。今年は復活というのもあるし、自分たち次第というところもある。宏樹さんをイナさん、コミと共にサポートしていきたいし、みんなでチームを引っ張っていきたい。ゲームキャプテンに復活した期待にも応えたいです。宏樹さんは、俺にはできないようなチームを広い目で見ることができるし、俺はプレーに集中して、思うことを発言したり、自由にやらせてもらっています。逆に宏樹さんには言いにくいこともあるだろうから、そういうお互いに足りない部分を補っていきたいと思っています」

そしてケンゴがきっぱりと、こう言ったのが印象的だった。

「もう、言い訳はできない」

 一方の伊藤も、表現は違えど、同じ意味のことを強調していた。

「もう逃げ道は、ない」

 それぐらいに今年に賭けるふたりの思いは強く、チーム復活に捧げる気持ちが強いのだろう。

「やっぱりこうなったら、たとえ試合に出られなくなったり、言いたくないけど怪我したりということがあったとしても、俺はチームに捧げたい」と伊藤は言う。

 そして、続けてしみじみと続けた。
「やっぱりチームというのは長くいる人のカラーが出るものだから、そういう意味で、昨年、自分が負のオーラを出していたんだと思う。だから…」

「俺のせいです」

04 伊藤には叶えたい夢がある。
 それは、フロンターレでタイトルを獲る、ことだ。
 長年、同じメンバーと積み重ねてきて、タイトルに最も近づいた時代に掴みきれなかったことの悔しさは今でも忘れていない。そして、チームは、時を重ねれば、新しい血が混ざり、少しずつ、新しく、変化していく。

「フロンターレ」というカラーは、信頼感、一体感がいつしか代名詞となった。それは、選手だけでなく、スタッフ、サポーター、地域が一体となって創り上げてきたものだ。

 そのアットホームとも言えるチームスタイルは、時には「厳しさが足りない」と批判を受けることもあった。

 だが、それこそが「フロンターレらしさ」であり、長年に渡りチームを支えて一緒にクラブを作ってきたサポーターへの恩返しだと伊藤は考えている。

「もうJ2時代のフロンターレを知っているのは、俺とケンゴとクロだけになった。そういう苦労を知っている選手がいる間にタイトルを獲りたいし、フロンターレらしさにこだわって、このチームカラーのままでタイトルが獲りたい」

 今から12年前、高校を卒業した黒津と大学を卒業した伊藤がフロンターレに加入した。ふたりは年齢は違えど、2001年同期加入であり、それから11年間に渡ってチームメイトになった。そして、12年目の現在もその関係は続くこととなった。

 黒津は、これまでともに歩んできた日々をこう振り返る。

「宏樹さんは、最初からずっと試合に出ていたから、同期といっても、経験があったし、すごいなぁと思ってみていました。最初の頃は、上に先輩もたくさんいたから、宏樹さん自身もプレーをしっかりやればいいというような感じだったと思う。それがいつの間にか、チームのなかで一番上になった。だから、今は、より引っ張る気持ちが強いと思う。基本的にはプレーもキャプテンとしても、淡々とやっているように見えて、しめるところはきっちりやる仕事人って感じ。それに、ずっとチームにいて、歴史も知っている。フロンターレは、強い強いと言われながら万年2位で、昨年は11位だった。獲ったタイトルは、唯一J2優勝。やっぱり上のカテゴリーで優勝したいし、長年いてよかったなって思えるようにタイトルを獲りたいです。宏樹さんも内に秘めたものがあるはずですよ」

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 フロンターレらしさの継承──。

 あえて言うならば、フロンターレはひとつの時代が終わり、新たな歴史を作り始めている。その架け橋となる役割を、伊藤は背負おうとしているように見えた。

 伊藤は、こんなことも言っていた。
「もう田坂とか中堅どころの選手が、もっと責任感をもって引っ張っていってほしいと思っている」

 実際に、田坂自身も伊藤からある日、こんなことを言われたことがあった。
「もう俺がお前の年頃には、キャプテンをやってた。だから、もっとチームを引っ張っていくとか、自覚していかないとね」

 それを聞いた田坂は、こう感じたという。
「いつまでも宏樹さん、ケンゴさんに頼ってるだけじゃダメだ。逆に頼られるぐらいの存在にならなければ…。宏樹さんは、誰に印象を聞いても同じようなことを言うと思う。それぐらい誰とでもコミュニケーションをとれるし、みんなに耳を傾けているから説得力があるんだと思う。何もしていないように見えて、いろいろしてるんですよね」

2012年2月28日。
 2次キャンプを終え、麻生グラウンドで最終調整に入ったフロンターレ。
 伊藤は、来る開幕に向け、残り少ない日々を大切に過ごしているようだった。

「メンバーも変わっているし、今年は蓋をあけてみないと正直に言ってわからない部分もあります。でも、今年は昨年からの積み重ねもあるからそれをプラスにしたいし、年齢が下の選手も多くなってきたけど、しっかり信頼関係を築いていきたい。ここまでのところ、みんな積極的にコミュニケーションをとりながらしっかり行動してくれている。信頼関係は話をすることが大事で、それは徐々に出来ている。チームとしてしっかり戦えれば、十分にチャンスはあると思う」

伊藤宏樹。
2001年フロンターレ加入。
J2通算13,850分、154試合出場。

そして──。
J1通算17,504分。

試合出場数、「199」。

2012年3月10日(土)。

伊藤宏樹、川崎フロンターレ12年目のシーズンが等々力で開幕する。

profile
[いとう・ひろき]

フロンターレで12年目のシーズンを迎えるディフェンスの職人。プロ入り1年目からコンスタントに出場を続け、クラブとともに歩みを進めてきた。昨シーズンは怪我で出遅れたが、万全であれば持ち前のスピードとカバーリング能力はチームの大きな武器となる。1978年7月27日/愛媛県新居浜市生まれ。183cm/76kg。>詳細プロフィール

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