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SEASON 2013 / 
vol.05

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もっと繊細に、もっと大胆に

實藤友紀郎 DF15/Yamakoshi,Kyotaro

テキスト/高尾浩司(週刊サッカーマガジン) 写真:大堀 優(オフィシャル)

text by Takao, Koji(Weekly Soccer Magazine) photo by Ohori,Suguru (Official)

チームが勝っても、スポットライトが当たるのは点を取った攻撃の選手ばかり。ディフェンダーって、ある意味、損な役回りですよね? こんな愚問に対する答えにも、真面目に付き合ってくれる。
「地味に守って、前の選手に点をとってもらって、みんなで喜ぶこと。そんなとき、仕事したなって感じがするんです。周りにはどんどんヒーローになってほしい。『自分は自分の役割をわきまえる』じゃないですけど、そういう意識でやっています」。自分の役割をわきまえる──。そんな思いに至った背景とは。

順調なプロキャリア
その裏にある信念

 高知大から川崎に加入後、今年で3年目になる。1年目は12試合に、2年目は26試合に出場するなど数字だけを見れば順調にステップアップしてきた。実際、本人にも毎日成長している実感がある。ただ、簡単に居場所をつかんだかというと、そうではない。特に1年目は田中裕介の壁に阻まれ、出番は限られていた。練習での積み重ねを表現する場を与えられず、もどかしさもあった。

「Jリーガーは息が短いと言われる中で、俺はこんな調子でええんかなと思う時期もありました。『ここで終わりたくない』って」

 自分より先にJの門を叩いた大学時代の先輩が引退していく現実を知っている。Jクラブに残っているのは、自分が1年時に4年生だった菅和範選手(栃木SC)くらい。ただ、焦りはなかった。一歩ずつステップを踏んでいけば、チャンスは必ず来る──。そう信じて止まなかった。

 信念の基盤は大学時代に培った。徳島の城南高校時代は、1年時からバリバリのレギュラー。地域選抜に入るなど、それなりの実力を備えている自負もあった。だが、高知大に入学後は一筋縄ではいかない。1年生のときにFWとして起用されたがレギュラーに定着できず、GK以外のポジションは全てこなした。何とか25人で構成されるAチームに入っていたが、あるとき、突然、Bチーム行きを宣告される。幸か不幸か、チームメイトが負傷したことですぐAチームに復帰することはできたが、選手人生で初めての屈辱を拭うのはそう簡単ではなかった。

「プロを目指していた自分としては結構、ショックでした。『この段階でBにいてもな……。何か変えないとアカン』と思っていました」

大学時代に培った
「一歩ずつ」の意識

 Bチームに逆戻りするかAチームに残るかの瀬戸際に立たされ、悶々としていたが、チャンスは1年生の終わりに突然めぐってくる。

当時、高知大にはAチームの中にも最有力のA1、中堅のA2、バックアップのA3とカテゴリー分けされており、實藤はそのうち、最も下にあたるA3に所属していた。ある日、A1とA2が紅白戦を行なうとき、野地監督から「A2のセンターバックがいないから……、おい實藤、お前やってみるか?」と声をかけられた。

もちろん、野地監督はCBとしての潜在能力を見越した上でこう言ったわけだが、当の實藤がそんな意図を知るはずもない。

「A3からA2に上がれるのなら、ポジションなんてええか」

 そう思って、迷わず引き受けた。ディフェンダー實藤が誕生した瞬間だ。言葉にすれば軽いのかもしれないが、下した決断は重い。その後、不動のレギュラーに成長し、プロからも注目される存在になったことを踏まえれば、選手としてのキャリアを左右する大きな出来事だった。だが、決して賭けではない。

「いきなり何段も飛び越えて伸びることって、そうありません。成長のため、一つひとつ階段を上るための選択肢としてポジション変更がたまたまそこにあったというか…。変更のリスクは感じなかったし、監督に守備をやってみないかと言われたとき、『いや〜』とか曖昧なままだったら、いまの僕はいません。あの判断が完全に僕の選手人生の分岐点。あれがなかったら、僕はいまごろ、サラリーマンとして働いています(笑)」

FW18 PATRIC Anderson Patric Aguiar Oliveira パトリック

浮つきそうなとき
スッと落ち着く自分

 成長に必要なものは何か。どこを改善すれば、それが身につくのか。シンプルなことほど、追い求めた。しかも感情を表に出すのではなく、あくまで自然体で。大学時代のポジション変更が奏功したのも、普段のスタンスでいることができたからこそか。能力に疑いの余地はないが、「それ以前のこと」がしっかりしている選手なのだ。大学でもプロでも、ある一定のレベルにたどり着くことができたのは、自分と向き合ったからにほかならない。

「どこかで冷静なところが心の中にあって、その時々にやるべきことをやれば結果はついてくるという思いのほうが強いんですかね。

 調子に乗りそうなときも、どこかで『浮つくなよ』と言い聞かせている自分がいます。例えばU-21代表として広州アジア大会を制したときなんかは、そう。あの大会の決勝で決勝点を取った後も『優勝したけど、これからが大事なんだ』みたいな感じでした。

 だから昨年、ロンドン五輪代表に漏れたときも、『別に五輪がすべてじゃない』と切り替えていました。見返してやろうなんて気持ちは全然ないし、自分のことを淡々とやる。周りは周りで自分は自分ですから。心の奥底に『やってやろう』という気持ちを置きつつ、焦らずチャンスが来るまでジッと待つことが大事だと思います。意外と自分を客観的に見ることができるほうだと思うし、『地に足が着いている』と言われると素直に喜ばしいです」

 一喜一憂しない。自分が分かっている。自分に足りないものも知っている。それを克服するため、毎日の練習で特長を出そうと意識してきた。自信があるカバーリングとスピードで負けないことは大前提。それ以外の要素は、目で学んだ。伊藤宏樹のカバーリング、ジェシのヘッドや1対1の守備、井川祐輔のフィード、そして田中裕介の攻撃参加……。良いお手本がすぐそばにいる。ライバルでもあるチームメイトの特長を目に焼きつけ、何かひとつでも武器に代えられるよう意識した。自分の芯は変えず、その周りに肉づけしていった結果、いまがある。

プロ入り後の
3つの変化

 芯をブラさずに川崎のレギュラーにまで上り詰める中で、いくつかの変化も経験している。

 昨年の9月25日、入籍した。出場機会を増やし始めた2年目、同期の棗佑喜の友人による紹介で後の人生の伴侶と知り合い、交際をスタート。1年目、長い間を選手寮で過ごし、自立したいと思い始めていた折りに出会った。

 「第一印象は話しやすくて、フレンドリーな感じ。自由奔放なところに惹かれました」と奥様は話す。相思相愛の2人は順調に愛を育み、家族になった。結婚は生活する上で良い影響をもたらした。
「結婚して良かったです。奥さんは料理上手で、何でもおいしい。生活していて楽だし、ストレスなく毎日を送っています。奥さん、全然浪費をしないし、『何か買ってあげようか?』と聞いても、『いいよ。全然使わないし』と返して、気を使ってくれるんです。昨年の7月に選手寮を出て一緒に住み始めてから、自分の状態も上向きなので、流れは良いと思います」

「たまに自分の世界に入って、私の話が聞こえていないところは直してほしい」との愛情あふれる指摘もあるが、とにかく、2人での生活を楽しんでいる。

中堅としての自覚
チームへの期待感

 結婚が身の回りの変化なら、自分の立場が変わっていることはチームでの立場の変化か。

 新井章太、薗田淳、森谷賢太郎、棗佑喜。川崎には實藤と同じ世代の選手が多い。5人はいずれも今年、25歳になる(實藤は早生まれなので厳密には来年25歳)。数年前は若手でも、中堅と言われる年齢だ。当然そこは、實藤も自覚している。

「このチームを引っ張らないとという思いは、プロ2年目から芽生えています。いつまでも先輩たちに負担をかけたくないし、『あいつらには任せられる』と思われないと。自分たちの年代がクラブの今後を背負うくらいの気持ちじゃないと、年下の選手はついてこないと思います」

 身の周り、自分の立場、3つ目の変化は、ここ数年で過渡期を迎えているクラブだ。川崎に加入してから多くの選手が入れ替わった。昨年の春には、相馬直樹監督(現山形コーチ)から風間八宏監督に代わるという出来事もあった。プロの世界にいるかぎり、こうした変化を経験するのはある意味、必然と言える。その中で實藤が大切にしていることとは何か。

「環境が変わっても、自分は流されないことです。チームが変わるのはどこでもあることだし、そこで自分の特長を出し続ければチームの勝利につながると思います。もちろん、このクラブを去っていった選手たちもいるけど、それを自分たちがどうこう言えない。ここにいるかぎりは全力で戦います。

 歯車がかみ合えばすごいチームになると思うし、それくらいの自信はあります。今年の序盤戦はなかなか勝てていないけど、そこで我慢して掲げるサッカーを続ければ、結果が出たときにものすごい自信になる。いまはそう考えています。こういうときだからこそ委縮せず、全員に『今日は俺がヒーローになるんだ』という気持ちが必要かなと思うし、自分も良い意味でギラギラしたい。自分に期待しています」

海外クラブより
フロンターレ

FW18 PATRIC Anderson Patric Aguiar Oliveira パトリック

 さまざまな変化を、変わらない男が受け止める。その先には、明確な目標がある。

 短期的な目標は、目の前の試合に勝つこと。
 中期的な目標は、フル代表に入ること。
 長期的な目標は、ずっとこのクラブにいること。

 1番目、2番目の目標に関してはシンプルに言葉をつなぐ。フル代表に触れ、「この年齢になると、フル代表には絶対入りたい。同じ(ロンドン五輪)世代のメンバーも何人かいまの代表にいるので、そこで経験したいです。『とりあえず1回招集してくれ』って感じ」と言う。

 次に長期的な目標について語ると口調に熱が帯びた。川崎でプレーを続けたい理由は2つあるようだ。

「宏樹さんみたいになりたい。普段は普通に絡ませてもらっているけど(笑)尊敬しています。35歳なのに第一線でバリバリプレーしているしボールの奪い方ひとつをとっても、すごくきれい。チームメイトながらいつも『うまいなあ』と思って見ています。いずれは宏樹さんの背番号をもらうことが目標ですね。
 このクラブへの思いもあります。何すかねえ……。この温かい感じが好きです。サポーターも温かい、イベントの数が多くて、いろいろな人との距離が近い。プロとして以前に人間として成長できるクラブだなと感じています」

 清武弘嗣(ニュルンベルク)や酒井高徳(シュツットガルト)、大津祐樹(VVVフェンロ)をはじめ、同じ世代の選手たちは次々に海外へと挑戦の場を移した。日本で場数を踏んでから海外に行くことが、成長するため、そしてフル代表に入るための流れになりつつある。ただし、實藤の場合は少し違う。要は、地に足が着いている。

「本当に自分のキャリアを積み上げたいなら海外に行かないとダメだと言う人たちはいると思うし、それはそれで大事だと思います。でも自分はこの川崎フロンターレというクラブで、選手としても、人間としても大きくなっていきたいんです。こういうクラブは大事にしなきゃいけないというか『こういうクラブを優勝させられたら最高だな』と。いまはそこを目指して頑張るだけです」

マッチデー

   

profile
[さねとう・ゆうき]

身体能力に優れたDF。対人プレーとスピード勝負で抜群の強さを誇る。昨シーズンはボールをつなぐ意識も高まり、足下のテクニックを実戦のピッチでも安定して発揮できるようになってきた。守備だけではなく攻撃センスもあり、ときおり見せるオーバーラップも魅力。

1989年1月19日/徳島県
徳島市生まれ
179cm/73kg
ニックネーム:さね

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