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ピックアッププレイヤー orihica

 2007/vol.01

「サッカーを始めた当時から、シュートを打つよりも止める方が好きでした」

eiji 川島永嗣とサッカーとの出会いは、小学校2年生のとき。公園で家族と一緒にボールを蹴っているうちに、自然とサッカーの楽しさを知るようになった。小学校のサッカー少年団に入ったときからゴールキーパーを希望していたそうだ。中学校に上がってからは、埼玉県選抜に選ばれるようにもなった。
「でも、その当時は県選抜より上の関東選抜に行くようなうまいゴールキーパーがいました。ちゃんと試合に出られるようになったのも3年生からだし、それほど目立った存在ではなかったと思います」
プロサッカー選手の道が見えたのは高校生の頃。3年生のときに浦和レッズと大宮アルディージャの練習に参加し、大宮から獲得の意思があることを知らされる。
「小さい頃からプロになりたいと思っていましたが、その頃は単なる夢でしかありませんでした。現実的に意識するようになったのは高校3年生になる前のときです。先生に進路を相談したときに、『プロの練習に参加できるのならお願いします』と話しました。進学の道も頭にあったので大学の練習にも参加しましたが、やっぱりプロの世界でやりたかった。若い頃が一番伸びる時期なので、22歳になったときに大学とプロでは大きな差が出ると思っていたんです。成長できるタイミングを逃したくありませんでした」
 2001年、晴れて大宮アルディージャに入団。念願のプロの世界へと足を踏み入れた川島。そしてサッカー中心の生活に慣れ始めた頃、転機が訪れる。イタリア・セリエA、パルマへの練習参加だった。
「監督の知り合いにイタリア人のサッカー関係者がいて、バルマの練習に参加してみないかと声をかけてもらったんです。当然、はじめての経験でしたが、衝撃の連続でしたね。生活や文化がまったく違うし、サッカーをプレーする環境もまったく違う。それまでは日本でやってきたことや聞いてきたことがすべて正解だと思っていましたけど、答えはひとつだけじゃないということを知りました。日本ではあれもこれもやらなきゃいけないのが一般的ですが、イタリアではまず大事なことを集中してやれと言われ、それ以外は後回しでいいと教えられました」

eiji 異国の地で川島は、イタリアサッカー関係者からオファーを受けるほどの高い評価を受ける。と同時に、川島自身にも新たな価値観が生まれた。
「ひとつのところで評価されなくても、どこかで自分のことを見てくれている人がいる。信念を持って自分の良さを磨いていけば、必ず誰かが評価してくれることがわかったんです。それからは自信を持って練習を積めば何かを得ることができる、という考え方ができるようになりました」
 川島にとって、プロ1年目は経験の年となった。セリエAのチームでの練習参加、そして中学高校で受けられなかったプロの指導。公式戦ではベンチにも入れなかったが、それでも本人にとってみれば貴重な経験を積んだ1年間になった。

 そして2年目。突然、川島に出場の機会が巡ってくる。2002年4月6日、当時J2に参加していた大分トリニータとの一戦だった。「当時はサブにも入っていなかったんですけど、急に出番が回ってきました。それまでずっと観客席から見ていたピッチに、自分が立っている。すごく不思議な感覚でした」
プロ3年目はレギュラーとして33試合に出場。大宮の守護神として、フロンターレを含めたJ2各チームの前に立ちはだかった。その年に行われたワールドユースでもスーパーセーブを連発。日本代表のベスト8進出に貢献した。
「でも、ユースの大会に出場しているのは、あくまで20歳以下の選手ですから。自分が思い描いていたプレーはできましたけど、一番上のカテゴリーの大会じゃない。だから満足したかというと、そうでもありませんでした」
 川島にとってこのシーズンのプレーは、納得がいった一方で、もっと上のレベルでプレーしたいという欲求を駆り立てる年になった。そんな彼に朗報が届く。Jリーグやワールドユースでのプレーが評価され、シーズンオフにJ1の数チームから獲得のオファーが届いたのだ。
「翌年にオリンピックが開催されるということもあったし、それ以外にもサッカー選手としての今後を考えたとき、J1でプレーしたいという気持ちがありました。自分の実力を伸ばせるところでサッカーをやりたかったんです」

 そんな川島が選んだのは、当時日本代表でプレーしていた楢﨑正剛が在籍する名古屋グランパスエイト。ポジションを争う選手のレベルが高ければ高いほど、自分自身もレベルアップできる。そんな思いから名古屋への移籍を決断した。「J2で1年間を通してある程度の試合に出て、周りからの評価も受けましたし、まずまずのパフォーマンスを出せたと思います。でも、1年間を振り返ってみて自分が目指しているものと実際のプレーを照らし合わせたときに、あまりにも差が大きかった。ならば若い時期にレベルの高いゴールキーパーがいるチームに行けば、プレーの幅をもっと広げられるんじゃないかと考えるようになりました。あえて名古屋を選んだという部分はありますね」
J2からJ1へのステップアップ。環境面で川島を取り巻く状況は変わり、対戦する相手のレベルも上がった。でも、何よりも同じチームに日本を代表するゴールキーパーがいることが、川島にとってモチベーション高める一番の励みとなった。

川島永嗣ORIHICA

eiji
eiji

ORIHICA

「J2とJ1ではゴールキーパーのレベルの違いはありましたが、実際に試合をやったら極端に差はないと感じました。何しろ目の前にうまいゴールキーパーがいたので。一緒に練習をしてみてテレビで見るよりもイメージが全然違ったし、間近でプレーしているのを見て技術の高さを改めて感じました。刺激を受けた存在でした」
 名古屋に入団して1年目は、試合に出ることよりも自分が新しいチームに入って何ができるかという部分が大きかった。名古屋を選んだ目的は、いちゴールキーパーとして上のレベルを目指 すこと。だが2年目になると、試合に出たいという気持ちが自然と芽生えてきた。
「メンタル面を含めてゴールキーパーとしての幅を広げなければならないという課題が見えてきました。得意なところはもっと伸ばす。足りない部分は少しずつ伸ばしていく。そうすれば、プレーヤーとしてのベースが上がっていくので」

eiji 日を追うごとに高まっていく川島に対しての周囲の評価。名古屋に来て3シーズン目の2006年は、楢﨑とレギュラー争いを演じられるほどのレベルに達した。あと足りないのは経験だけ。彼自身も、試合に出場したいという欲求がどんどん高まっていく。
「名古屋に来てから自分の良さは伸ばしてきたつもりなので、自信を持ってプレーしなきゃいけない。同じチームに3年いるんだから、サッカー選手として試合に出なければと強く思うようになりました。でも名古屋でリーグ戦10試合に出場したなかで、良いパフォーマンスを出せた試合もあったし、納得のいかない試合もあった。試合ごとにプレーの質に差があったのは感じました」

 自分で思い描くプレーを試合でも発揮できるようになってきたが、ゴールキーパーとしてコンスタントに力を出せるかどうかは、積み重ねてきた経験がものを言う。迎えた2007年、川島は2度目の移籍を決断をする。いくつかのチームからオファーがあったなかで選んだのは、川崎フロンターレだった。
「いままで対戦してきたチームの印象やイメージを含めて、自分が来年どこでプレーしたいかと考えたときに、頭にあったのはフロンターレでした。J2のときから方向性がしっかりしているチームだと思っていたし、J1に上がってからのゲームを見たとき、状況に応じた判断ができる選手が揃っている印象を持ちました。ここならチームのために貢献できるんじゃないかなと思い、フロンターレを選びました」
 大宮、名古屋を経て川崎へ。まったく違うチームカラーを持つ3チームだが、川島は環境の変化をさらりと受け入れることができる柔軟な感性を持っているようだ。むしろ自分は「変化」を楽しめるタイプだと話す。

「新しくチームに加入したことで、
周りから期待されているのは感じます。 でも結局、
期待されているから何をするのかっていうと、
自分の等身大のプレーを出すしかない。
ここまでやってきたことが評価されて移籍ができたわけだし、
自信があるからこそこの移籍に踏み切ったんです。
だから自信を持ってやれることを続けていれば、
チームに貢献することができるんじゃないかなと思っています。
プレッシャーや気負いはありません」

 海外のサッカーに触れたことを含めて、若いうちに環境をいろいろと変えることは自分自身にとって確実にプラスになっていると話す。新しい生活やサッカーに慣れることで刺激を受け、彼のなかにまた違った価値観や発想が生まれていく。川島永嗣の新たな旅がはじまった。
「プライベートでも旅をするのが好きなんです。オフに入って時間が空いたら海外へ行きます。今年の初めにはスロバキアとハワイに行ってきました。ユースや五輪代表を入れると15ヶ国ぐらいに行ったのかな。そのとき思い立った国のなかで、行けるところを探して出かける感じですね。冒険するのが好きなのかもしれません」

[かわしま・えいじ][かわしま・えいじ]
確かな技術を持ち、高校時代から将来を嘱望されているゴールキーパー。大宮・名古屋で積んだ経験をいかし、川崎のゴールに鍵をかけに来た。1983年3月20日埼玉県与野市生まれ。身長185cm・体重80kg
>詳細プロフィール

www.orihica.com

ORIHICA's FASHION NOTE

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ジャケット

段返り3ツボタン 
コットンジャケット
16,800円

インナー

ストライプシャツ 
5,040円

パンツ

コットンパンツ 
8,190円

オリヒカ担当者から

ベージュのコットンジャケットはトラッドテイストを加えた、段返り3ツボタン、2パッチポケットのデザインです。同素材のパンツもありますのでスーツとして着用できます。ビジネスからカジュアルまで幅広いシーンで活躍するアイテムです。
今回の川島選手は新加入ということでフレッシュなイメージでコーディネイトしました。広告代理店っぽい感じで洗練されてました。今後のご活躍を期待してます。

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