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ピックアッププレイヤー

 2008/vol.08

ピックアッププレイヤー:MF4/山岸 智選手

入団2年目、順調に成長を続ける期待の若手、杉浦恭平。チーム練習終了後もグラウンドに残って汗を流し、プロでやっていくための基礎的な体力を鍛えながら着実に力をつけている。スピード、テクニックは申しぶんなし。あとは、その非凡な能力をチームプレーのなかで発揮できるかどうか。光る個性は、フロンターレの将来を背負って立つだけの輝きを見せはじめている。

01 元号が昭和から平成になったばかりの平成元年1月11日という好日に生まれた杉浦。生まれも育ちも静岡県の浜松市。歳の離れた二人の兄の影響で、幼稚園の頃からボールを蹴って遊んでいたという。小学校3年生には地元のサッカークラブに入団。一番最初にもらったポジションはGKだったそうだ。最後尾から徐々にポジションを上げ、小学校6年生の頃にはFWでプレー。中学に上がり、所属していたクラブチームでは中盤、おもに左サイドハーフでプレーし、ドリブルで打開しながらゲームを作る役割を担っていたという。だが、杉浦が現実的にサッカー1本でやっていこうと決心したのは、やはり名門・静岡学園へ進学したことが一番のきっかけだった。

「中学の監督に勧められました。最初は地元の高校に進学することも考えていましたが、自分のスタイル的に静学が合っていると思ったし、あえて地元から離れて、誰も知り合いがいないところで挑戦するのもいいかなと。寮生活だったので、最初はめちゃめちゃ家に帰りたかったですけど」

 杉浦というと、多くのプロ選手を輩出している『静学の10番』という印象が強い。だが、本人いわく「エリートというわけではなく、120人以上いる大所帯でもまれながら這い上がってきた」と話す。

「運良く1年生でトップチームに上がることができましたけど、ミスばっかりして試合に全然出られませんでしたし、自分は一番下手だと思っていました。2年生になってボランチで出られるようになりましたけど、途中から外されてしまい、控え組でサイドバックをやったりしていましたし」

 サッカーの名門に進学したものの順風満帆とはいかないなかで、どうすれば試合に出られるのかを考えるようになったという杉浦は、自分の得意なプレーを伸ばすためにがむしゃらに練習に取り組んだ。すると2年生時の7月、大きな転機が訪れる。プリンスリーグ東海・藤枝東戦の前日、井田勝通監督に先発で使うと告げられたのだ。


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「その日までずっと控え組のサイドバックだったんですけど、突然監督に呼ばれて『お前、トップ下できるか』といわれたんです。静学では『井田マジック』と言われていて、よくあることなんですけどね。そうしたら、その試合で先発で出場して、決勝ゴールを決めることができたんです。そこから道が開けました」

 その試合でGKを務めていた1年先輩の杉山力裕は、当時をこう振り返る。
「終盤に30メートルぐらいの距離から、高円宮杯出場を引き寄せるすごいミドルシュートを決めたんですよ。もともとテクニックは群を抜いていましたけど、大事な試合で点を取ってくれる印象が強いですね。後輩ですけど、頼りになる選手でした」

 またこの試合は、翌年フロンターレに入団することが内定していた杉山の様子を見に、スカウトの向島建が駆けつけていた。向島は2年生ながら先輩たちを押しのけて存在感を発揮していた杉浦のプレーを見て、将来的にプロでも通用する可能性を感じたそうだ。

「もともと有望な選手だと聞いていましたけど、実際に見ても技術があるし、外からのシュートの精度が高い。線が細かったですけど、ちゃんと体を作っていけばいけるんじゃないかと。で、調べてみたら平成元年1月11日生まれ、1並びでしょ。これは何か持っている選手だなと思い、それから追いかけて見るようになりました」

 その試合を境に杉浦はゴールを連発。年代別の代表歴もなく無名選手だった杉浦だが、あっという間にチームの中心となり、3年生時にはプロのスカウトが一目を置く存在になっていた。全国高校選手権前にはフロンターレの練習に参加。主力メンバー相手に股抜きをやってのけるなど、高校生らしからぬ度胸も見せた。

「うちに練習に来た高校生のほとんどは、プロとの実力差を感じてしょぼくれて帰っていくんです。でも、杉浦だけは違いましたね。『楽しかったです!』と、意気揚々と帰っていきましたから」(向島スカウト)


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 2007年、晴れてフロンターレの一員となった杉浦。1年目はプロの体を作るという目標を立て、積極的に筋力トレーニングにも励んだ。その結果、高校時代よりも体重が4、5キロ増え、体つきも変わってきた。その年の5月にはU-18日本代表に選ばれ、ドイツ遠征を経験。遠征先で頬骨を骨折するというアクシデントにも見舞われたが、自身初の海外遠征でまた別の目標も手に入れた。

「いい経験になりました。チームで良い調子をキープすることができれば代表の道も開けるということがわかったし、2012年のロンドンオリンピックの年代にも入っているので、まずフロンターレで頑張って、また選ばれるようにしっかりやっていきたいです」

 杉浦の持ち味は、スピードを生かしたドリブル突破と2列目からの飛び出し、そして得点力。それほど上背はないがヘディングも強い。ノンプレッシャーで前を向くことさえできれば、現状でもトッチームプで通用する能力は持っている。これにボールを受ける前の動き出しやチームディフェンスといった部分が加われば、出場するチャンスは大きく広がるだろう。まだ課題は多いが、中村憲剛も「杉浦のような選手が将来のフロンターレを引っ張っていくんじゃないかな」と期待を寄せている。

「得点に絡むひとつ前ふたつ前のプレー、ボールの受けるときの体の向き、あとはどうやってプレスかければ相手は嫌がるか。そういったことは監督からよくいわれます。ケンゴさんにもこうした方がいいと、よく技術面でのアドバイスを受けますし。球際に対して積極的に当たれるようになってきたし、自分が得意なプレーに持っていく前の段階でどう動くかというところが、これからの課題です」

05 2年目の今年は初のベンチメンバー入りを果たし、初出場も記録。試合終盤の数分という短い時間だったが、トップチームに絡んだことで、より実戦を意識して練習に取り組むようになってきた。強力なアタッカー陣を擁するフロンターレで若手が試合に出場するのは至難の業だが、地道な努力こそが最大の近道ということになるだろう。
 杉浦の憧れの選手は、パブロ・アイマールやクリスティアーノ・ロナウドのような独創的なテクニシャン。日本人でいうならば松井大輔。ドリブルで勝負ができ、攻撃の起点にもなり、なおかつ点も取れるような個性的な選手が理想像だという。杉浦の同世代には、Jリーグだけではなく国際舞台で活躍する選手も出はじめている。経験という点では遅れをとっている杉浦だが、いつどのタイミングで立場が逆転するかわからない。チームメイトの薗田淳と同じく、フロンターレの将来を背負って立つだけではなく、日本を代表して戦うだけのポテンシャルを十分秘めているからだ。あとは運を引き寄せるための日々の努力、そして本人の自覚次第ということになるだろう。

「やっぱり、自分に厳しくしないければ試合には出してもらえない。そのためには日々の練習を積み重ねていくしかありません。トップチームに絡めなくても、サテライトリーグや練習試合があります。基礎の部分もしっかりとやりつつ、まずそこで結果を出して、いつトップに呼ばれても自分のプレーができるようにしたいです。調子がいいときは自信をもってプレーできるようになりました。ただ、そのパフォーマンスを続けていくことが大事。練習からしっかり取り組んでいれば、誰かしらが見ていてくれる。人よりも努力をしないと結果にもつながらないと思うし、努力していれば可能性があるという心の支えがあったからこそ、いまの自分がある。だからこそ、ここまで這い上がってこられたと思うんです。それは高校のときもそうでしたし、プロに入ったこれからも変わりません」

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[すぎうら・きょうへい]

スピードに乗ったドリブル突破が魅力の攻撃的MF。1年目の昨季はサイドプレーヤーとしてのトレーニングを積み成長。トップチームでやれるだけの下地はすでに身につけた。あとは実戦経験のみ。1989年1月11日、静岡県浜松市生まれ、176cm/66kg
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