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ピックアッププレイヤー

2009/vol.05

〜DF2/伊藤宏樹選手〜

ピックアッププレイヤー:DF2/Ito,Hiroki

 フロンターレがJ2での再出発を切った2001年に加わり、
J1昇格を果たした2005年にはチームキャプテンに。以来5シーズンにわたって堅い結束の
中心にいる伊藤宏樹のプロ生活は、そのままフロンターレの成長の物語に重なっている。

 生え抜きのDFリーダーとしてチームの歴代最多出場記録を更新し続けながらも、「自分をベテランだとは思っていない」という伊藤。その“いま”の心の内とは。

自分を語らない男

1 伊藤宏樹は、自分自身のプレーの変化や進歩についてどう感じるかという質問をぶつけられると、とたんに口が重くなる。手を変え品を変え、いろいろと聞き方をひねってみても、出てくる言葉はいつも同じだ。

「自分では分かんないですね。プロになって今年で9年目ですけど、どこがどう伸びたかなんて、自分では考えられない。上手くなったなんて実感は全然ないですよ。もしかしたら下手になってるかもしれないし(笑)」

 他の質問には、じっくり思いを巡らせて真摯に答えようとするのに、ほぼノータイムで即答だ。

 聞き手のこちらとしては、ずば抜けたスプリント能力やビルドアップでの正確なキックといった、彼のストロングポイントについて語ってもらおうと思っているわけではない。むしろ逆に、自分の何を課題だと捉え、それをどうクリアしようと考えてきたのかを知りたいのだが、それでも彼は答えたがらない。

 一言で言えば、伊藤は、いまどき珍しいぐらい“奥ゆかしい”のだ。自分が何かを克服したとか、どういうところに自信がついてきたとか、少しでも自慢話のように聞こえる可能性があると思えば、そこから先は絶対に口にしない。

 気さくで偉ぶらず、茶目っ気もある伊藤だが、そうした自分のなかのルールを守ることについてはかなり頑固だ。だから同じように、キャプテンとして心がけていることについて尋ねてみても、やはりそっけない。
「みんなに声をかけたり、チームを良くするために何をするかって話はよくしますよ。でも、キャプテンとして何をやってますかって言われても分からない。うちのチームはそんなバラバラになったりしないですからね。キャプテンだからって特別、苦労はしてない。みんなが助け合いながら言いたいこと言って、チームとしていい方向に向かっていくように建設的に話し合いますから」

 きっと彼にとって、プレーヤーとしての自分やキャプテンとしての自分について問われることは、美しい女性が「どうすればそんなにキレイになれるんですか?」と無邪気に質問されたときのような、照れや恥じらいをかきたてられるものなのだ。自分の特徴や美点を自分の口から語るなんて恥ずかしくてできないし、すべきことだとも思わない——。いまはルーキーでも、自分のセールスポイントを堂々とアピールできる選手が多いことを考えると、そうした伊藤の古風さは際立っている。インタビューの最中も何かにつけ、「自分が言うのもおかしいけど……」と、ひとこと添えずにはいられないのだ。

 そして実際、「キャプテンとして特別なことはしていない」というのも本当のことなのだろう。J1昇格を果たした2005年以来、5年にわたってチームキャプテンを任され続けている伊藤の人望は厚いが、それは、自分の意見を強く打ち出して周囲を巻き込んでいくリーダーシップや、人の心を動かすような巧みな話術があるからではない。

 自分を大きく見せることをとことん嫌がる、素朴で実直な人柄と、その奥にある一徹さ。そしてチームの問題に対して、同じ目線から私心なく話し合おうとするオープンな姿勢。それが、キャプテンとしての伊藤のストロングポイントなのだ。

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クラブと同じ道を歩んで

 伊藤が、いちプレーヤーとしての視点から物事を語りたがらないのは、持って生まれた性格だけが理由ではないだろう。フロンターレというクラブとともに歩んできた時間が、プロ選手なら誰でも経験できるわけではない特別なものだったことも、大きな意味を持っている。

 立命館大を卒業した伊藤がフロンターレに加入したのは2001年。前年に初めてJ1の舞台を踏んだチームは、開幕前の大量補強、3度の監督交代、度重なる外国籍選手の入れ替えという迷走の末に、リーグ最下位でJ2へと舞い戻っていた。つまり2001年は、苦渋に満ちた経験を経て、明確なビジョンの必要性を痛感して臨んだ、クラブとしての再出発とも言える年だった。

  それから9年。フロンターレはいまや、J1の強豪として誰もが名を挙げる存在になった。小さな浮き沈みはあったにせよ、昇格から急激な上昇カーブを描き続けて一気に優勝候補の位置まで登り詰めたクラブは、93年開幕時の10クラブ以外では、草創期の磐田と現在のフロンターレぐらいしか見当たらない。1年目からレギュラーとしてピッチに立ち、チームの歴代最多出場記録をいまも更新し続けている伊藤にとってみれば、自分の能力が上がっていくこととチームが強くなっていくことは明確な境界線が見えないものになり、そのことが、彼がもともと持っていたチームプレーヤーとしての性向をさらに強めたのかもしれない。

「それはありますね。俺が入ってから運良くチームが右肩上がりに結果を出して、それに自分もリンクして一緒になって成長できてるし、同じ道を歩めてる。苦しい時代を知ってるから、いま試合をひとつ勝つことや、まして等々力に2万人も来てくれたりすることとか、そういうひとつひとつがホントに嬉しいんですよね。いまは当たり前みたいになってますけど、そのことを考えると感慨深くもなるし」

 だからなのか、伊藤は、ひとりのプレーヤーとしてどう進歩していきたいかという目線でものを考えたことがない。

「そうは考えられないんですよね。監督が求めることにきちっと応えられるようにとか、チームが機能するようにどうするかとか、自分だけじゃなくてみんながうまく行くようにしたいとか、そういうことは普通に考えるんですけど。もちろん、試合のなかで個人でやることって多いから、そこで自分がいいプレーをしたらチームにとってプラスになるし、そういう細かい積み重ねはいっぱいありますけど、それも含めて、本当に優勝できるチームにしたいっていうことなんですよね。自分が“歯車”のひとつになって」

 代表レベルの能力を持ったプレーヤーである伊藤が、自分をチームの歯車としてイメージしていることには驚かされる。だがそれは、高度成長期のサラリーマンが持っていたような“滅私奉公”的に会社に尽くそうとするメンタリティとは意味が違うだろう。伊藤にとってのフロンターレは、自分を雇っている会社=クラブではなく、プロとしての自分そのものなのだ。

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新たなポジションへの挑戦

 昨季(2008年)の半ば、フロンターレは長年採用してきた3バックから、構想を温めてきた4バックへと本格的にシステムを変えた。そして、3バックの左ストッパーを務めてきた伊藤は、本職であるセンターバックだけでなく、左サイドバックという新たなポジションにも挑戦することになった。

 「4枚の方が、コースを切ったりスペースを消したり、前の選手との絡みも多いから、距離感とかの細かい修正は必要。ブロックですからね。3枚のときは、みんなだいたい(マークの)担当が決まるような感じになってたから、人にはガツガツ行けてたし、そこでの個人戦術や人への強さはすごく大事でした。でもどうだろう、基本的には3枚でも4枚でもやることは変わらないですよ。人に行くところは行かなきゃいけないし、ひとりが行けばひとりがカバーするっていう、基本のところは変わらないから。違うのはサイドになったときですね(笑)」

 もともと攻撃的なセンスを持っていたサイドバックが、年齢を重ねてセンターバックも兼ねるようになるケースはたまにある。ビッグネームで言えば、ミランのマルディーニや、ユベントスのキエッリーニといった選手がそうだろう。だが逆に、長年センターバックだけを務めてきた選手が、ベテランの域に入って初めてサイドバックをやり始めるというのは珍しい。バルセロナのプジョルはセンターが本職でサイドもこなす選手だが、若い頃からサイドバックとしてプレーする機会も多かった。伊藤のようなケースはきわめて例外的だ。

「サイドバックは難しいですよ。試合を読めなきゃダメですからね。いつオーバーラップするかとか。(味方がボールを)取られてカウンターを食らったときに戻れなかったら意味がないので。いかに効率よく前に絡みながら、後ろのスペースも消せるかってことだから…やっぱり難しいですよね。しかも俺、右利きだし(笑)」

 もちろん伊藤は、自分がサイドバックを務めることでチームがどう機能するのかというところから考える。しかし、熱心な海外サッカーのファンでもあるひとりのサッカー好きとしては、サイドバックとはこういうものだという理想像も追い求めたくなる。

「俺をサイドで使う意味はやっぱりディフェンスじゃないですか。でもサイドバックをやるなら、もっと攻撃に絡めるようになりたいんですよ。自分の殻を破ってどこまでチャレンジしていくかですよね、いまの俺のテーマは。別にそれがいいことかどうかは分からないですよ。いまのまま堅実にやる方がチームとしては機能するかもしれないし(笑)。というか、いまはそうなんですけど、でももっとサイドバックとして機能できる気がするんですよね。だから勉強中です」

 自分の殻を破りたい。2009年の誕生日に31歳となるベテランらしからぬ言葉だ。
「ベテランっぽいこと言ってるけど、自分ではベテランだと思ってないですからね。若手ですよ、若手(笑)。都合のいいときだけベテランになる。チームで何かするときとか、権力使うときとか(笑)。いまは身体も動けてると思ってるし、言われたことにはチャレンジしたい気持ちはありますから。(フィジカルの)測定をやったときも、数字は去年より全部伸びてたし、まだまだいっぱい練習したいという気持ちはありますね。練習意欲はまだまだある。でも若いときに比べたら、終わった後の身体は疲れてるかな……。いや、そんなん言わんとこ。肉体的にも疲れなんて全然感じてない(笑)」

夢を追いかけて

 2006年にはJ1昇格からわずか2年でリーグ2位。2007年にはACL(アジア・チャンピオンズリーグ)初参戦を果たし、ヤマザキナビスコカップで準優勝。そして昨年の2008年は、開幕直後のフッキの退団や、病いに倒れた関塚監督の退任など、前半に大きなマイナス要因が重なりながらも怒濤の追い上げを見せて再び2位と、フロンターレはタイトルに肉薄し続けてきた。

 「去年はいろいろと浮き沈みがあったし、ケガ人も常にちょこちょこと出てたから、そのことを考えたら2位になれたというのは実際よくやったなと思います。最後はチームがひとつになってましたからね。試合に出てない人も含めていい練習ができてたし、誰が出てもそこそこ結果が出せて、崩れた試合は2〜3試合しかなかったんじゃないかな。若いやつらが多くてみんな伸びてきてるし、チーム力は上がってきてると思うんですけどね」

 今季のチームスローガンである「ONE STEP」は、選手、スタッフ、ファン・サポーターの全員が抱いている想いが込められたものだが、伊藤ももちろん、手が届きそうで届かないタイトルに焦がれ、そのために何が必要なのかを考え続けている。

「俺個人ではまだJ2の方が出場した試合数は多いし、J1の舞台に慣れたかと言えばそんなことはないです。毎回緊張もあるし。それに俺らは、まだタイトルを穫ったことがないのに、いま強者の戦い方を求められてるじゃないですか。相手に引かれたり研究されたりして、難しい試合になることが実際増えてる。そこで精神的に余裕を持ってできるかどうか。上に立ったことがないから本当は余裕なんてないんだけど、そういう状況のなかでどうやって結果を出していくかってことを、いまよく考えるんです。J1に上がった頃のうちの良さは、チャレンジ精神で向かっていく速さだったりした。振り返ってみると、そういう良さがなくなってきてるのかなって。最近そう思ってるんですよね」

 しかし、そうした解決できないもどかしさを抱えていることは、決して悩みではないのだと伊藤は言う。
「俺はサッカーのことについては、自分のなかに留めないでいろんな人と話したり、解決するまでぶつけて答えを探すタイプだから、それは悩みじゃないんですよ。話をして、一緒に考えてくれる人たちがいるから。俺個人で悩んでもしょうがないし。
 いまは自分たちも周りも“強い”っていう感覚でいるから、ひとつ負けただけでも、もったいなかったとかとりこぼしたとか、そういう感じじゃないですか。J2の頃とはチームが全然違ってきてる。それをいい意味で捉えるか、悪い意味で捉えるかっていう気持ちの問題だけですよね。昔からやりがいはありましたけど、注目度が上がった分だけ、そのレベルが上がってるのかもしれないし、だから毎日いいモチベーションでサッカーができてるのかもしれない。サポーターの人たちがする期待も、自分たちが強くなったから期待してくれてるんだし、麻生(グラウンド)に来るお客さんも増えてきてますからね。そういう変化が嬉しいし、充実してる」

 チームが目指すものの大きさが、日々のやりがいや充実感をより深いものに変えていく。それがまた、自分とチームが一体になってイチから作り上げてきたものであれば、得られる喜びは計り知れない。伊藤は、プロ選手のなかでも一握りの人間しか味わえない、幸福な成長譚のなかにいるのだ。

 そして、徹頭徹尾チームプレーヤーとしての視点からしかものを考えない伊藤にも、ひとつだけ、個人的な願望として秘めていることがある。

「タイトルは穫れれば何でもいいですけど、ACLはすごい刺激になってますね。その先に“あれ”があるってことを考えたら」

 “あれ”とはもちろん、クラブワールドカップのことだ。海外サッカーが好きで、チャンピオンズリーグの試合もすべてチェックしているという伊藤にとって、日本のクラブチームに在籍したまま、例えば2007年のミラン、2008年のマンチェスター・ユナイテッドといったヨーロッパの王者と本気でぶつかれるあの舞台は、夢という言葉以外では表現できないものだろう。

「自分が向こうのチャンピオンチームと対戦するなんて、これまでは発想すらなかったじゃないですか。そこで、自分たちのライバルチーム(浦和、G大阪)が戦ってる。ホント、めちゃくちゃ羨ましく思いましたよ。そこで真剣勝負ができたら、何かが変われるって言ったらおかしいけど、達成感が生まれるんじゃないかなって思ったりもします。それが実現して、自分の全部のプレーを出し切れたら……別にサッカーやめてもいいですね(笑)。だからってもちろん、ACLと他の試合で気持ちが変わるわけじゃないですけど、いまは、夢を追ってるような感じです」

profile
[いとう・ひろき]

2001年の入団以来、安定したパフォーマンスでコンスタントに出場を続けるディフェンスの要。主将として選手をピッチ内外から支えるチームリーダーでもある。昨シーズンはストッパーだけではなく左サイドバックもこなし、攻撃面でもチームに貢献した。
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