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ピックアッププレイヤー

2009/vol.07

〜FW9/鄭 大世選手〜

ピックアッププレイヤー:FW9/Chong,Tese

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
 鄭大世は、座右の銘に、この言葉を記している。愛知朝鮮高級学校時代、サッカー部の李太鏞(リ・テヨン)監督から、何度も説かれた。「調子に乗るような時、言い聞かせていた。ハングルに同じ様な意味の言葉があるんです」Jリーグのみならず、東アジアでも屈指のストライカーとなった現在も、恩師の教えに忠実であろうとする。謙虚であり続けるのは難しい。時に忘れそうになったら、周囲が放っておかない。その都度、素直に受け入れてきた。

1 2008年6月22日、ワールドカップ・アジア3次予選の韓国戦(1−1△、ソウル)の後、母の李貞琴(リ・ジョングム、※朝鮮民主主義人民共和国を始め、中国や韓国などでは夫婦別姓が多い)さんは、名古屋から新幹線に飛び乗った。どうしても、直接会って、話がしたかった。

「その話を聞いて、ショックでした。頭に来たんです。自分が築き上げものを台無しにするようなことをやっていた。『自分1人でここまで来たんじゃないでしょ』。それを言うためにね」

 李太鏞さんも川崎を訪れ、焼き肉に誘った。
 「一通り、テセの話を聞いてあげた。ストレスを発散させるためにね。そして、『初心に帰れ』と言った。『君がプロに慣れたのは、頑張ってはい上がってきたからじゃないか。高校時代を思い出せよ』と。テセは負けず嫌いで、上手くなりたいという向上心が強かった。強豪と呼ばれるチームと対戦しても、見劣りせず、むしろ、テセの方がすごいと思うことは何度もあった。1人レベルが違っていた。でも、チームのために戦う選手だった」

 韓国戦、鄭大世は思うようなプレーが出来なかった。北朝鮮代表に選出されて1年。同年2月の東アジア選手権で得点王となり、韓国でも朴智星(マンチェスター・ユナイテッドMF)と比較されるほど人気が出ていた。だが、チームではホン・ヨンジョ(FCロストフFW)が不動の王様として君臨していた。パスはもらえず、守備に奔走するだけだった。

「ふてっていた。得点したい気持ちで一杯だったんです。サッカーも楽しめなかったし、どうプレーすればいいのか分からないもどかしさもあったんです。チームのためにやっていなかったです」

 自分自身を見失い欠けていた。フロンターレに戻っても、6月28日の新潟戦(1−2●、東北電力ビックスワン)こそ先発したが、その後の3試合はベンチスタートになった。そんな時、母と恩師に叱咤激励され、原点を思い出した。鄭大世は「分かってはいたけど、人に言われて初めて心に刻まれるじゃないですか。オレは『ウン』としか言えなかった」と話す。

「人間的に成長していない。浅はかだと思ったんです。もてはやされ、調子に乗って。でも、本当はそんな子じゃないと思っているからこそ注意したくなった」
 李貞琴さんが言うように、鄭大世の素顔は、プレースタイルから想像もつかないほどナイーブな男である。

 

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6 今季初めてスタメンを外れた4月29日の京都戦(4−1○、等々力)後、こう漏らしたことがあった。「自分が出なければ、ジュニが喜ぶんじゃないかなとか思った」。うまくいかなくても、決して他人のせいにはしない。むしろ、自分自身を責めてしまう。自信がない時は特にその傾向が強く、マイナス思考とも受け取れるが、根底には「自分はまだまだ上手くない」という謙虚さがある。

「自己嫌悪心が強過ぎるんです。自分がダメだなと思う。変に周囲に合わせるし。それを隠すために昔から強引にやってきたところがある。勝てなかった時期が続いたら、全部、自分のせいと思う。良くなるためには、どうすべきかと思ったら、シュートが少なくなっている。ジュニに怒られたら、全部、ジュニにパスを出さなきゃいけないのかな、と思ったりする」

 07年6月、朝鮮民主主義人民共和国代表に初めて加わった時も悩んだ。韓国メディアに対して、ハングルで受け答えする鄭大世だが、言葉で苦労した。

「オレは朝鮮語に耳が慣れていない。単語は同じだけど、変形していたりする。イントネーションとかも違うので、難しいんです。日本語でいうと、方言みたいなものでね。会話の途中で『えっ!?』という時がある。そうすると、会話のリズムが崩れたりして。最初は話さなければいけないと思っていたけど、だんだん、『えっ!?』と聞き直したりすることに罪悪感が出てきた。日本で育ったなんて、言い訳にもならない。罪悪感というより、自己嫌悪ですね。何で、オレはちゃんと話せないんだ、って。民族とか、そういう以前に、人間関係を作っていく上で、ダメだな、と思ったりした」

 今でこそ、「全然、しゃべれるようになった」と笑うが、遠征先のホテルで、うまくコミュニケーションがとれず、胃を痛め、寝られない時もあった。仲良くなろうと、韓流ドラマ「冬のソナタ」のDVDを持って行き、みんなで見たこともある。しばしば通訳として助けてもらった先輩の安英学(水原MF)には感謝している。

 だからこそ、フロンターレでは後輩を気遣う。3月7日の今季開幕戦後(対柏、1−1△、等々力)、「タサ(田坂)には悪いことをしてしまった」と話したことがあった。田坂は2日前の紅白戦で、途中まで主力組でプレーしていた。だが、開幕戦はスタメンではなく、ベンチスタートとなった。「オレの調子がイマイチだったし、連携が良くなかったんです。タサをいかしてやれなかった」。レギュラーとして向かえた2年目、周囲を見るゆとりもあっただろうが、人を思いやる心は子供時代に養われたのかもしれない。

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 3人兄弟の末っ子として育った。李貞琴さんによると、「母親っ子」だったという。
 「どこに行っても、テセは私から離れなかった。家では私の背中に抱きついて寝ていたぐらいです。お兄ちゃん、お姉ちゃんとは違い、とにかく、怒らずに育てました。失敗しても褒めた。褒めて育てたら、テセみたいになった。人を傷つけたりすることがない子供でした」。叱るようになったのは、代表に選ばれてから。母は息子に「責任感」を求めた。

 練習、試合を問わず、鄭大世はメディアから人気がある。歯切れのいいコメントだけでなく、丁寧に取材対応し、よく話してくれるからだ。驚くことに、しかし、「3歳までは、あまりしゃべらない子供だった」(李貞琴さん)そうだ。そこで、母はある事を実践した。「ご飯を1人で食べさせなかった」。サッカーの練習で、1人、遅い夕飯になっても、必ず横に座った。何を話しかけるでもなく、息子の口が開くのを待った。「そうすると、テセは、自然とその日にあった事を話すようになったんです」。人懐っこい笑顔は、このころ作られた。

 5月16日の磐田戦(2−0○、等々力)翌日、名古屋の実家におじゃました。前日にアポイントを取るという突然の訪問にもかかわらず、李貞琴さんは、手料理を出してくれ、笑顔で歓迎してくれた。初対面に近かったが、昔から知り合いのように接することができた。磐田戦のDVDを見ながら、話をする母の目は涙で少し潤んでいるように見えた。家には、活躍する息子のスクラップ記事や写真があふれていた。優しさと、愛情に育まれた鄭大世の人柄は、やはり、母譲りなのだなと実感した。

「謙虚であれ」。1年前の母親の助言から、鄭大世と北朝鮮代表は好調となった。
 「プレースタイルを変えた。周りをいかすため、必死にやる。フロンターレのスタイルを代表でもやろうという風に。最初は自分で、自分でやろうというスタイルだったけど、チームのためだけに、献身的なプレーをしようと思った。目立ちたいとか、もういいやと。ワールドカップに行きたいし。オレの考えを変えたら、自然とチームもよくなったと感じた」

 くしくも、ワールドカップ最終予選で代表初ゴールを記録した08年10月15日のイラン戦(1−2●、テヘラン)でチームの成長を実感したという。

「負けたけど、このチームはこんなにすごいんだ、って思った。精神力の強さを感じた。負けていると、普通、イライラするじゃないですか。それで変な展開になったり、試合が壊れたりする。でも、みんなが弾丸のように、相手ゴールに突っ込んでいって、惜しいチャンスを作って。すごかった。守備も体を投げ出して。オレなんて、まだ甘い。気合が違った。一緒にワールドカップに行こう、と思った試合だった」

 チームプレーに徹するとき、鄭大世は輝く。それはフロンターレでも代表でも同じだった。もちろん、06年にフロンターレに入団し、毎年、技術を磨いてきたから、スケールアップした。新人の時、関塚隆監督からシュート、ポストプレーを学び、昨年は裏へ抜け出す動きを覚えた。今年は、ゴールを背にしてボールを受けた時のトラップからシュートへの動作を意識している。

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 鄭大世の入団をフロントに後押しし、時に相談相手だったエジソン・コーチは「毎年、上手くなっている。特にメンタルが成長したね。単にがむしゃらだったのが、サッカーの事を考えるようになった。テセが素晴らしいのは、自分の悪いところを認める事。反省して、次、頑張ろうとする」と証言する。鄭大世は、気持ちのプレーヤー。落ち込んでは、立ち直って、成長してきた。その繰り返しは、精神的に疲れると思って、聞くと…「大変」と笑う。

「落ち込んだ時は、一つ、一つ、練習でチャレンジしていく。練習前、こうしようと思って入るけど、練習終わると、落ち込んで。で、次はこうしようと。自分の中で答えを探している。ミスをいちいち気にしないようにと思っている。ミスして、凹んで、次のプレーに影響するのがもっと良くない。でも、オレはそうなっちゃう。最近、プレーにムラが激しいのは、慢心にあるのかなと思う。慢心というのは、自分を信じられていないからだと思うし、自分を信じられる行動をしていないから、自分を信じられない。去年、代表から戻ってくると、コンディションを落としていたから、イランで毎日1時間走った。試合の前日もね。それでコンディション戻ったかどうか、分からないけど、確実に調子は上向きになった」

9 最近、始めた事がある。4月29日の京都戦でスタメンを外れ、高畠勉ヘッドコーチから練習後に「走ってみろ、気が楽になるぞ」と声をかけられた。「ツトさんから『つきあえ』と言われた時は、『しんどいです』と言ったんですけど、走ってみると、『これだ!』と思った」。試合前日でも、練習後に30分、軽くジョギングするようになった。

「試合で走れる気がするんですよね。今年は走れていなかったし、それはトレーニング不足だった。有酸素運動することによって、乳酸をエネルギーにかえる力を自分でつけていく。そうすると、自信につながった。オレは走っているから大丈夫、試合も大丈夫と思える。そうすると、心肺機能も落ち着いてくるんですよ。考え方次第なんですよね。メンタルがどれだけ、パフォーマンスに影響するかというのは、そこらへんだと思う。走っていて、オレの心肺機能が強くなっているかというと、そんな変わらないと思うんです。ローマは1日にしてならずって言うし。でも、自分を信じられる努力をしたことで、気持ちが前向きになれる。不安がなくなるんです」

 高畠ヘッドコーチの狙い通りだった。「不調だったから言ったということではないけど、連戦が続いて、試合して、調整という繰り返しだと、停滞につながる。やはり、右肩上がりするためには、破壊と再生をしていかないといけない。これは一粒で2度おいしいじゃないですけど、耐久力がつくし、続けることによって、メンタル的に自信がつく。体が重い時にこそやるべき」。鄭大世は、2試合スタメン落ちを経験したが、5月10日の浦和戦(3−2○、埼玉)で1ゴール1アシスト、6月16日の磐田戦も2試合連続ゴールを決めた。

 ジュニーニョは明かす。浦和戦の前々日、練習後にピッチで話しかけた。芝生に座り、期待していることを告げた。「もう少し落ち着いてプレーした方がいいんじゃないかと言った。テセは自分たちのなかでも違いを出すことができる選手。彼は常にゴールの近くでプレーできる。自分やヴィトール、ヘナ(レナチーニョ)が彼の周りでプレーするから、彼にボールが転がっていくということを伝えた。僕の意見を取り入れてくれ、試してくれた。そして結果も出た。彼には、おめでとうと言いたい」。

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 ネガティブになりがちだった鄭大世も悩める心を吹っ切った。「当たり前の事を言ってくれたんだけど、『最後はお前に合わす』と言われた時は本当にうれしかった」。信頼関係は、より強固となった。今年から背番号もエースナンバーの「9」となった。心身共に充実している時の鄭大世は頼もしい。

 慢心ではなく、自信を持つ。今、「好不調の波をなくすこと」を最大のテーマとしている。
「いい時も自分を信じ続けられることが、ムラをなくすんじゃないかと思うんです。悪い時にやるのは当たり前。いい時に、試合で体が重いなと感じても、グラウンド走っているから『大丈夫』と思えるのが大事。自分を追い込むことはこれからも、何かしら続けていこうと思う」。さらなる高みを目指している。「自分の良さは、自分でゴリゴリ行くというのもあるけど、周りをいかすために、自分がつぶれる。そしたら、最後にいいパスも来る」。自分に厳しく、素直な心を持っているからこそ、人に恵まれ、助けてもらった。それは、プレースタイルとも重なっている。

 今年、鄭大世はフロンターレでは初タイトルへ、代表では44年ぶりのワールドカップ出場へ向け、突っ走っている。6月1日現在、北朝鮮代表は、ワールドカップ・アジア最終予選B組2位に付けており、6月6日のイラン戦(平壌)、6月17日のサウジアラビア戦(リヤド)を残すだけとなった。

 5月6日発表のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングでは、北朝鮮代表は106位。 「ワールドカップに出たら奇跡だと思う。その奇跡を起こしたい」。川崎が誇るストライカーは、謙虚に、努力を続けてきた。

「オレの持っている力をすべて表現して、国の誇りを持って戦ってきます」。

南アフリカへ、恩師から学んだ言葉を持っていく。

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[ちょん・てせ]

ストライカーナンバー「9」を継承した重量級FW。強靭なフィジカルを生かした豪快なシュートでスタンドを沸かせる。本来の空中戦の強さに加え、前線でタメを作るプレーも成長。朝鮮民主主義人民共和国代表にも選出され、悲願のW杯出場を狙う。
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