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SEASON 2014 / 
vol.15

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アカデミーU-18監督/今野 章

期間限定

アカデミーU-18監督/今野 章

テキスト/隠岐満里奈 写真:大堀 優(オフィシャル)

text by Oki,Marina photo by Ohori,Suguru (Official)

2014年夏、川崎フロンターレU-18からふたりの選手がトップチームに昇格するという嬉しい知らせが舞い込んだ。
U-18を監督として率いるのは、トップチームのコーチを経て昨年から監督を務めている今野章である。
今野監督のこれまでと、アカデミーの監督として大切にしていることを聞いた。

新生育成部始動

 2014年、川崎フロンターレアカデミーは、新たな改革に着手した。これまでの育成普及部からの変更点として、普及活動は切り離し、「育成部」として再スタート。その育成部長にフロンターレトップチームのスカウティングリーダーである向島建が就任した。

 向島が掲げるテーマは「共有」。U-12から始まりU-18まで連なるアカデミーの組織間のコミュニケーションを蜜に取り、継続して選手を育てることを重視している。そのため、指導者間のコミュニケーションを大事にし、U-12佐原秀樹、U-15寺田周平、U-18今野章監督を軸として、新たにU-15コーチにはフロンターレOBである高田栄二も加わることとなった。

 また、フロンターレの選手であるという帰属意識と統一感を大切にするため、スパイクをトップチームスポンサーであるプーマに統一。サッカーに集中できる環境を整える目的もあり、U-18からU-12のすべての選手にプーマからサポートを受け、全国大会に出場した際には、さらなるサポートもしてもらえることとなった。

 向島は言う。
「指導者がより個人に特化して、しっかりと選手を育てること。そして小さい世代から「将来はトップチームでプレーする」という帰属意識を持ってもらい、全体の統一感を大切にして、しっかりと上までつなげていくことをしていきます」

 今野章は、その育成部の中でトップカテゴリーであるU-18の監督に昨年、就任した。GKコーチに浦上壮史、コーチには長橋康弘が就任し、フロンターレOB選手が名を連ねることとなった。

意識

 今野章は、2006年末にフロンターレで現役を引退。
 トップ下の“汗かき役”であり“潤滑油”として、献身的なプレーでチームに貢献してきた。2003年にはフロンターレの歴史上、今でも語り継がれている「勝ち点1差」でJ1昇格を逃したシーズンだったが、この年にゲームキャプテンを務めた。常にレギュラーだったわけではない。だが、決して手を抜かず、自分に負けず、全力を尽くす-。そんなタイプのプレイヤーだった。

 2005年末、周囲からは早いとも感じられた引退後、今野はフロンターレトップチームのアシスタントコーチに就任した。関塚隆、高畠勉、相馬直樹、風間八宏という4人の監督のもとでコーチを歴任。
 そして、2013年、U-18監督に就任した。

 就任が決まった時、今野はこんな決意表明をしている。

「このたび、U-18監督に就任することになりました。選手としての現役を引退し6年間、トップチームのコーチをやらせていただきました。4人の監督の元、いろいろな経験をさせていただきました。今回、監督をさせていただくU-18は非常に可能性があり、成長できるチームだと思っています。ここまで私が得ることのできた経験、知識を生かし、子どもたちの可能性を最大限に伸ばし、常に成長できるチームを作っていきたいと思います。これから、よろしくお願いします」

MF19/森谷賢太郎選手

 U-18監督に就任した当初、今野が持っていたテーマは、サッカーのスタイルを築くことよりも、選手の意識を高めて、チームとして戦えることの重要性を伝えていくことだったという。

「走れる、戦える、頑張れる選手になってほしいということは、選手にも伝えました。ただ、長い距離を走るのではなく、スペースをあけるために走るとか、辛い時にも走れるとか、小さくても闘志があれば頑張れるとか、そういうことを求めていました。それからサッカーうんぬんの前に、勝った時は喜び合えて、負けた時は悔しがれるという集団になりたいと思いましたね」

 とはいえ、監督として思いを伝えることと、選手たちが理解して実行できることとは別の問題である。そういう意味で、トップチームから育成という舞台に変わったことによる戸惑いは、当初少なからずあったという。

「トップチームであれば当たり前に出来ることが、当然ながら出来ないこともあるわけです。例えば、些細なことで言えば、U-18は高校1年から3年まで一緒に練習をしていますが、同じ学年同士でどうしても固まりがちだったり、練習中に声が小さかったり、建設的に『もっと強いパス出せよ』などといい意味で要求しあったりという場面が少ない。

疲れが見えたり、モチベーションが下がっていたり、ということもある。もちろん、彼らも学校があり、テスト勉強があり大変です。でも、僕たちはプロチームであるフロンターレのアカデミーなのだから、プロになりたいという気持ちがあれば、意識は変えられると思うんです。自分の意識が高められれば、声も出るだろうし、自分がいいプレーをしようと思えば周りにも要求するだろうし、周りもいいプレーをしないとチームは強くならないですから」

 今野監督を筆頭に、長橋、浦上とコーチ陣もプロ生活を経験している。そこで、いろんな選手たちを見てきたし、自分たちも経験をしてきた。だからこそ、何度も繰り返して伝えていることがあるという。 「ふて腐れて練習しても1%もいいことがないぞ」

 今野は、現役時代、さらに遡れば、学生時代から真面目にサッカーに取り組んできたし、厳しい環境の中で、がむしゃらに努力した結果、チャンスを掴んできたタイプの選手だった。だからこそ、例え試合に出られなくても、「今」頑張ることを大切にしてきたし、自分自身の意識さえ高めれば、必ず実践できることだという考えから、それが伝わりきらないもどかしさも感じていた。そして、叱る、注意をするという行為にも相手の性格を見極める難しさを痛感したという。

「もともと人に対して怒る性格ではないから、自分の中で整理をしてから伝えるようにはしました。とはいえ、感情にまかせてバッと言ったほうがグサっと響いて伝わることもあるだろうし、状況や人によって言い方も変える必要はある。その部分は、未だに勉強中ですね」

 そんなある日、麻生グラウンドに練習試合で来ていた曺 貴裁(チョウ キジェ/湘南ベルマーレ監督)と再会し、抱えている悩みを相談した際にチョウから掛けられた言葉に衝撃を受けたという。
「お前さ、自分を基準にしちゃダメだよ。お前は頑張る真面目な選手だったかもしれないけど、みんなはそうじゃないんだ。それをどうやって、そう思わせて、やらせるかが指導者の役割だし、それがお前の仕事なんだぞ」(チョウ)

 チョウは今野がフロンターレに加入した2000年にフロンターレのコーチに就任し、それから指導者として経験を積み、湘南ベルマーレのアカデミーで監督を務め、2012年にトップチームコーチに就任。現在はトップチームの監督を務めて、J2リーグで首位を独走している。実は、今野が監督に決まった2012年の冬のある日にも、チョウから一本の電話が入っていた。

「監督やることになったんだってな。戦術うんぬんじゃないんだ。まずは、本人たちにやらせることが大事なんだぞ」

 言われた時は実感として分からなかった、そのアドバイスが、徐々に体に染み込んできて、実感となった。
「曺さんは、いろんなアドバイスをしてくれて、ありがたかった。『監督は孤独だろ?』って聞かれて、実際、孤独な面はありますから『はい。どうすればいいんですか?』って聞いたら、『孤独だ、孤独だって言ってたら、周りが助けてくれるんだ』って話してくれたりしました。結局のところ、選手は自分と同じじゃないし、それをどうやって伝えて、やらせることができるか。難しいことですけど、そこが明確になりました」

 どうやったら、人を成長させることができるのか──。
 それが、U-18監督としての今野のひとつのテーマとなった。
 大事なことをやらなかったら、何度も叱ることも必要である。ただ、何度言っても直らなかったら、静観することも時には必要かもしれない。噛み砕いて説明して、それでもレベルを下げるのではなく、目指しているところまで引っ張りあげることも妥協したくはなかった。コミュニケーションの面で、今野を助けてくれたのは、コーチである長橋とGKコーチの浦上の存在だった。

 長橋はBチームのトレーニングをみたり、個別にスキルを上げる役割を担ったり、時には冗談を交えながら、より選手と近いところでコミュニケーションを取る、文字通り「コーチ」の役割を果たしている。GKコーチの浦上は、今野よりも年上ということもあり、以前からの良き兄貴分の存在であり、豪快なキャラクターで、チームに明るさを与えてくれる存在だ。厳しいことを言うことも監督の役目であるため、あえて浦上から発言をする場面を作るなど、コーチふたりとの連携で、チーム全体をまとめていくことを意識してきた。

 そうして今野は、監督と選手という、ある意味「一線」を保った関係が必要になるなか、コーチと選手という潤滑油としての役割が監督の助けになることを知ったし、また、決断をするのが監督の役目ではあるが、練習メニューや試合に向けての準備など様々な場面で、ふたりからの意見を聞くことが有意義であり、決断するまでに至る過程の選択肢の助けになることも感じていた。組織の中で、監督の仕事とは何かということを実感していくにつれて、今野にはある思いが生じてきた。

「引退後、フロンターレのトップチームで6年コーチをやり4人の監督のもとでやらせてもらいました。でも、今思えば、極端な話、コーチとして力になってなかったなっていう申し訳ない気持ちになりました。監督になってコーチにこういうことを言ってもらいたいとかやってもらいたいということが出てきた時に、じゃあ自分がコーチだった時はどうだったかっていうと、特に最初の頃は、遠慮して意見を言わなかったこともよくありました。今思うと、決めるのは監督なのだから、意見はもっと言うべきだったし、もっとチームに貢献することができたんじゃないかっていう思いはありますね」

 さらに、トップチームでの経験が活きたのは、それぞれの監督の戦術の違いやモチベーションの上げ方の違いも顕著だったことだという。

「監督によって選手への接し方が違ったり、どうモチベーションを上げているのかというのは気になるし、勉強になりますよね。例えば、風間さんは自信を持たせて、基本的に否定的なことをあまり言わない。システムよりも、選手が動く部分を大事にしていることは、U-18のサッカーでも踏襲していきたいと思っています。とはいえ、自由にやらせてしまうと混乱して違う意味の自由なプレーになってしまうので、ある程度のカタチを作ってはいます。関さん(関塚隆)は、決断するのは最後の最後、ということもあったから、試合当日までメンバーを決めないこともありました。あの頃は攻撃力が注目されていたけど、関さんは、まず守備的な部分を大事にしていました。それから、選手が練習中にふわっとしていたり問題がありそうなところは早めに潰して解決するようにしていました。今、ジェフで監督をやられていて当時とまた違ったアプローチをしているのかとか、気になりますね」

 立場が変わり、見える視点が違うものとなり、過去の経験が今の糧となっているとともに、監督として積み上げていくなかで、選手の成長を促すだけではなく、自分自身も常に進化を遂げていく必要があると今野は感じていた。

 例えば、サッカー面でも世界の最先端のサッカーはどうなっているかなど常に追いかけていく必要があるし、選手たちに対してもプロ経験者ならではの「経験」もまた伝えていきたいと考えている。

 そんな中、今野がよく話題に出すのは中村憲剛の存在なのだという。2003年、今野がゲームキャプテンを務めていた年に中村憲剛はフロンターレに加入した。加入当時、トップ下だった中村憲剛は、レギュラーである今野の控え選手だった。そして2004年に関塚監督(当時)が中村憲剛をボランチにコンバートしたことにより、トップ下に今野、ボランチに中村憲剛となり、ふたりが同時に試合に出ることも増えていった。

「ケンゴのことを話すのは、僕自身がケンゴのことを尊敬しているから。選手として一緒にやっていた時もそうだし、指導者になってからも素直にすごいなって思っていました。あいつは、J2から努力してトップオブトップまでいった選手。体もそんなに大きいわけじゃない。プレーの面でもケンゴは点で合わせるだけじゃなくて、空間を使ってパスを出したり、パスを出すだけじゃなくて、ここという場面でゴール前に迫力をもって3人目の動きで入っていく。相手の嫌なスペースにランニングをかけて打開していくプレーもする。そういうプレーは自分も監督してやってほしいなと思う部分だから、ケンゴのことはよく選手に例に出して伝えています。それに、プロ選手になりたいと思うなら、身近な存在にいるトップチームの選手を見れるチャンスだし、勉強してほしいと思うから」

未来につなげる3年間

 今、今野の日々の生活は、お昼頃に出社し、大会の手続きなどの事務作業に加え、選手たちの進学についての手続きのなどを、高校や大学の先生と連絡を取り合い、コーチ陣と手分けして進めている。練習は18:00〜21:00で、練習後に栄養補給のため選手たちに食事を摂らせ、片付けをして事務所に一度戻り、自宅に戻るのは24:00。育成の監督の役割のもうひとつの大きな仕事として、進路のサポートがある。今野も、U-18監督として何が大事かというと、サッカーのためだけではないという部分を強調していた。

「サッカーはあるけど、まずは人として成長させないといけないと思っています。僕たちの仕事はサッカーを教えることだけじゃなく、進路の世話などもある。人としての礼儀や人のために何ができるかということは、サッカーにも通じる部分がある。人としての成長とサッカーの両面の考え方を成長させることで、その先にプロになる選手も、大学に行く選手もいるし、可児みたいにその後、ここに戻ってくる選手もいるから、U-18で終わりじゃない。次のステップで戦えるだけの精神力や考え方のレベルもあげるという役目があると思っています」

 18歳までの育成期間の中で、U-18に所属する時間は3年間。今野は、そのことを何度も繰り返していた。
「3年間はあっという間。3年生になってから頑張ればいいというのでは遅い。自分が試合に出られるようになってから頑張るのでは遅くて、最初からなんとか試合に出てやろうという意識でやらないといけない。後から、あの時もっと真摯にやればよかった、と気づくことってありますよね? そうならないように、選手たちには何度も何度も同じ話をしてしまうのだけど、気づいてくれる選手が少しずつでも増えていってくれたらなと思います。そのために1日1日を大事にして、U-18にいる3年間だけじゃなく、その先の目標に向かって日々を過ごしてほしいと思っています。なぜなら、みんなプロ選手を目指している子たちだからです」

 今野が監督に就任した昨年、フロンターレU-18は、3年生にとって最後の大会であるJユースカップで浦和レッズなど競合相手に粘り強く戦い、勝利し、クラブとして初のベスト4という結果を残した。

 そして今年は、2名の選手がトップチームへの昇格を決めた。それはアカデミー全体にとっても、夢を与えるニュースとなった。
「ふたりのことは楽しみです。やっぱり下の子たちの夢を与えるためにも生え抜きがあがるのが一番いい。ふたりには、大変なことも多いだろうけれど、なんとしても頑張ってもらいたいなと思っています」

マッチデー

   

profile
[こんの・あきら]

2000年から6年間に渡って、その豊富な運動量でフロンターレを献身的に支え続けた。2006年で引退後はスタッフとしてクラブをバックアップ。2013年からU-18監督に就任し、ヤングフロンターレの育成と指導に邁進している。

1974年9月12日、岩手県
大船渡市生まれ
ニックネーム:キンちゃん

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