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SEASON 2016 / 
vol.09

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Kano,Kenta

決断と団結

MF21/エドゥアルド ネット

テキスト/いしかわごう 写真:大堀 優(オフィシャル)

text by Ishikawa,Go photo by Ohori,Suguru (Official)

 日本という国でプレーするという決断は、それほど難しいものではなかったという。

「また新しい経験ができると思いました。正式なオファーとして代理人から聞いたのは、シーズンオフに入ってからですね。非常に良いオファーだと思いましたし、日本でプレーしていた選手からも、すばらしい国だと聞いていましたから」

 このとき、アドバイスをくれたチームメートがいる。
エドゥアルド ネットが所属していたアヴァイFCの同僚であるジェシである。2012年から2014年の間、川崎フロンターレに在籍し、サポーターに愛されたセンターバックは、このクラブの良さを快く教えてくれた。

「ジェシは、『フロンターレは将来性のある、すばらしいチームだ』と教えてくれました。サポーターの素晴らしさも語ってくれましたね。あとはトシ(東城利哉:川崎フロンターレユース出身で現在アヴァイFC在籍)も、すごく良いクラブだと言っていました。他にはジョルジ ワグネル(元・柏レイソル)です。『日本は国としてすごく落ち着いている。奥さんや家族にとっても良いし、家族も安心して生活ができる。フロンターレもすごく良いチームだ』と言われました。光栄なオファーでしたし、すぐに決めることができました」

 成し遂げたいと思えるミッションがあるクラブであったことも大きかった。

「今年がクラブ20周年というのも決断の後押しになりました。タイトルを取ったことがないクラブが20周年を迎える…そういうこともあって、今シーズンこそタイトルを取りたいと思っています」

 2016年、彼は川崎フロンターレの一員となった。1月に行った新入団会見の思い出を聞くと、懐かしさに顔をほころばせる。

「あの大きさは見たことがないです。入団発表は記者会見をするだけだから、そういった意味ではサプライズでしたね。すばらしいセレモニーでした」

MF21/エドゥアルド ネット

 エドゥアルド ネットが生まれ育った地域は、ブラジル北東部のバイーア州サルヴァドール。美しい海岸線が有名で、雨期はあるが、ほぼ一年中暑い気候として知られている。どんな街だったのかと質問すると、彼はこうおどけた。

「年中シャツで暮らせるほど暑いよ。ただ日本とは違ってちょっとバイオレンスだね(笑)」

 小さい頃の遊びは、やはりサッカーだった。
どこに遊びに行くにもボールを持っていき、ストリートでみんなとサッカーをする。ボールがなくても履いていたビーチサンダルをボール代わりにしたり、ココナッツの殻をゴールに見立てたりしながら、とにかく何かを置いてサッカーに興じていた。

 よく大人にも混じってサッカーもやった。サッカー王国・ブラジルでは、敗者は勝者からバカにされる文化がある。負けたらみんなが不機嫌になるから、大人が相手でも絶対に負けたくなかった。その後、地元のサッカースクールに通った。とにかくサッカーに明け暮れていた子供だと振り返っている。

「子供の頃は、いろんなことを考えずプロサッカー選手になりたい一心で練習してました。少年時代は、技術も高かったし攻撃的な選手でした。年齢が上がっていくについて、自分の特徴とかみ合わなくなって、ポジションが下がっていった。友達のなかでは体格は大きいほうでしたね。家族もみんな細くて背が大きいです」

サッカー選手となったのは16歳のときだ。地元のクラブであるECバイーアとプロ契約を結んだ。

「サッカー選手という職業につけたことができて、本当に幸せでした。ブラジルの子供達はみんなサッカー選手になりたいという夢がある。目標を持ってそのカテゴリーで頑張る。やるべきことを頑張るのが大事なのだと思います。そして私は小さい頃からバイーアを応援していて、一人のサポーターでもありました。そのチームに入れたことで、サポーターとしての夢も達成することができました」

 プロになる前、ネットが憧れていた選手は、元ブラジル代表の怪物ストライカー・ロナウドだった。ブラジル代表の一員として、ワールドカップに4度の出場。1998年フランス大会では大会MVP。2002年の日韓大会では得点王になり優勝にも貢献している。特に2002年の活躍ぶりはあまり眩しかった。

「本当にすばらしいサッカー選手だと思います。自分のなかでは一番のアイドルですね。2002年には彼がブラジルを優勝させました。大五郎カット?やりましたよ(笑)。ブラジル人はみんなやっていました。思えば、彼のケガというのが、サッカー王国であるブラジルを狂い始めてしまったと思っています」

 自身がプロサッカー選手になってから、晩年のロナウドとも対戦しているという。

「彼がコリンチャンスにいるときですね。少しぽっちゃりしてましたけど、それでも素晴らしいプレーをしていた。そのときは、さすがにいつもとは違う感情が芽生えました。自分のアイドルと対戦したわけですし、『あなたから幸せを感じてます』と直接、伝えました。ユニフォームも交換したかったですけど、他のチームメートが先にしたのでできませんでした。試合は1-1の引き分けでしたね」

 公式戦でのデビューを果たしたのは17歳の頃だ。
当時のプレースタイルは、リベロのような役割だったという。最終ラインで守りながら、フリーだったらどんどん攻めあがって、攻撃にも参加していく。その後、ポタフォゴに移籍してからは監督の意向でボランチとして定着したが、ポタフォゴを出てからは、再び最終ラインでプレー。ブラジル国内で幾多のクラブを渡り歩き、監督のオーダーに応じて、その都度、求められるポジションに自分を適応させ続けている。ボランチ、ザゲイロ(センターバック)、左サイドバックとプレーできるが、自分のスタイルの軸は変わっていないという。

「自分の中で技術は自信を持っています。オプションとして、ワンツーでどんどん入っていけるのが自分の特徴です。ピボーテ(旋回軸)の役割ですね。味方に出して、自分が受けに行く。そういう距離の縮め方ができるのは特徴だと思います」

 ピボーテとは、平たくいえば、バスケットボールの「ピボット(片足を軸足として、もう一方の足を動かすこと)」のような役割で、つまり自分を中心にパスを散らしていくということだ。そうしたワンツーから攻め上がっていく動き出しは、自分の持ち味として磨き続けている。

 ネットはブラジル国内だけではなく、ポルトガル(SCブラガ)やウクライナ(SCタフリヤ シンフェロポリ)という海外でのプレー経験もある。

「ポルトガルは長い間はいなかったけど、ウクライナには一年いました。ただ、そのときにロシアで内戦が起きてしまいました。残念でしたけど、あれも良い経験になったと思っています。移籍に関しては、不安はないですね。いろんなクラブを渡ることで経験を得ることができると思っています。文化が全然違うし、いろんな国とリーグにいくことで、違う文化で触れることができます。今まで移籍して渡った国は環境もよかったです。ただウクライナは、日本と比べものにならないぐらい寒かったですね(笑)。サッカーの試合でも、5分、10分と経つと、足の感覚がなくなるので、それに慣れるのが大変でした。寒いのだけが苦手です」

 だからなのだろう。
日本という未知の国で暮らすことにも、まるで抵抗はなかったという。友達から話を聞くまでは「川崎」という地名も知らなかったが、来日前にインターネットで調べてみると、首都である東京から近いこと、ブラジル料理屋もあることがわかり、思った以上に気に入ってしまったようだ。実際、日本での暮らしは快適だという。

「どこにいってもみんなが親切ですね。クラブの雰囲気も良いし、いつも楽しく生活できている。住んでいる場所も気に入っています。レストランもいくつか行ったし、よくサイゼリアでご飯を食べています。基本的にはパスタが好きだけど、日本食も美味しいし、家ではたまにおにぎりを食べています。最近は、お好み焼きがお気に入りです。本当に日本という国は素晴らしい国だと思う。一年でも長く生活していきたいです。それにウクライナに比べると寒くないですし(笑)」

 もっとも、日本での生活にはすぐに慣れたが、ピッチでの適応は順調ではなかった。多くの外国人選手同様、日本でのスタイルに適応するのは容易ではないのだろう。一番の難しさは、やはりスピードだったという。単純な速さというよりは、「テンポ」と言い換えたほうが良いかもしれない。

「ブラジルでは、ボールを動かしながら、ゆっくりとゲームを進めていくのがスタイルでもあります。日本のサッカーはボールを取ったら、前に前にという意識が強いですよね。カウンターアタックがすごく速い。もちろん、ブラジルでも速く攻撃に出るときもありますが、ゲームの中でゆっくりする時間があります。そこは日本とブラジルで違います。日本のサッカーのスピード感に慣れていないので、来日したばかりのときは、そこが難しいところでした。ただそういうところは、自分がフイットしていかないといけないと思っています」

 ネットは大柄ながら足元の技術にも優れており、ワンツーを駆使しながらボールをさばき、正確なサイドチェンジで局面を大胆に変える展開力がある。185cmの長身を生かしたでのボール奪取や、広いエリアをカバーする潰しにも強さがある。選手として持っている能力は間違いないが、その国のゲームのテンポに慣れ、チームのスタイルにフィットできるかどうかは、また別の問題になる。

 なにより風間監督は、選手たちに徹底的に技術を求めている。中盤の選手ならばなおさらである。指揮官からの要求は、距離を縮めてパス交換を早くすること。チーム始動からそこを意識していたものの、長くやっているレギュラー陣のようにはうまくいかない。試合に出ても要求を満たせず、なかなか定着できなかった。

 例えば、シーズン序盤のナビスコカップ・アビスパ福岡戦ではこんな一幕があった。

 試合前半の途中、思うように攻撃の組み立てが機能しない展開に、センターバックの井川祐輔が、たまらずベンチにいる中山和也通訳に向かって何かを訴えていたのだ。ボランチとして先発していたネットに対して、プレーの改善点を伝えて欲しいとの要求だった。

 井川祐輔がこのときのやりとりを明かしてくれている。

「縦にボールをつける意識は良いのだけど、ネットがそれを狙い過ぎていたんです。ボールを持ってから縦パスを出すんじゃなくて、ワンタッチ、ツータッチでもっと簡単にはたいて欲しい、ということ。シンタロウ(車屋紳太郎)やエウソン(エウシーニョ)にサイドに開かせてから、そこで戻して縦パスを狙って欲しかった。縦、縦を狙いますだと相手にも読まれているし、マリノス戦でもそこから奪われてカウンターを受けていたから」

 自陣で〔5-4-1〕のシステムで守る福岡の守備をこじ開けるのは簡単ではない。パス交換を繰り返すことで、「中央で相手を引きつけてから、外に展開。そして再び中から崩す」という、細かな揺さぶりをしていかないと、なかなか守備ブロックに隙ができない相手だ。ただし、そこの共通理解が不十分のまま、時間だけが過ぎてしまった。相棒としてボランチを組んだ谷口彰悟も、そういう絵が描けないまま、ネットと二人で攻撃を組み立ててしまったことを悔やんでいる。

「自分とネットのパス交換で相手を揺さぶってから、パスをつける。あるいは、二人でパス交換して、ボールを運び出す。そういうプレーをイメージしてましたが、まだまだ二人ではできなかったです。そこの意思疎通はまだまだでした。できるだけテンポを出したいと思っていたし、ワンタッチ、ツータッチでリズムを作ろうと思って渡していましたが…」

 距離を縮めてパス交換を早くする。頭の中ではわかっていても、それを試合でスムーズに表現するのは簡単ではないのだろう。ネット本人もその難しさを受け入れつつ、チームのスタイルに取り組んでいる最中だと口にする。

「一番はポジショニングですね。ボールを受けないといけないし、攻撃のときは、できるだけ前を向いてボールを受けるポジショニングを意識すること。そこはまだ自分の中では十分にできていないかもしれない。まだ正解にたどり着いていないし、多少の難しさも感じているところです。もちろん、ゲームの中で自分ができことは精一杯やっているつもり。風間監督は選手の特徴を生かして、改善しようとしてくれていますので、練習の中でもやっていこうと思っている」

 光明が訪れたのは、家族が来日した4月かもしれない。「もちろん、落ち着きます。常にいっしょにいてくれますし、大きなパワーになります」と話すように、海外で暮らしている選手にとって、家族はあまり大きい存在である。

 その効果がすぐに出たのかはわからないが、家族が来日した翌日のナビスコカップ・柏レイソル戦では嬉しい来日初ゴールを記録した。1点ビハインドだった72分、橋本晃司の蹴ったボールを、ヘディングで合わせてゴールネットを揺らす。移籍してきた選手にとって、ゴールというのはチームメートに認められる意味も含めて、特別な意味を持つものである。

「コーナーキックで、ニアで誰かが触ったボールだったと思います。それが自分に流れてきて、ヘディングで押し込みました。ヘディングは自分の特徴ですし、クラブに来て初得点ですから、自信になりましたね」

 流れは変わり始め、リーグ戦でも出場機会を掴み始めると、リーグ戦第11節柏レイソル戦でスタメン出場。相手のプレッシャーに怖がらずに顔を出してボールを引き出し、ボランチを組んだ大島僚太との細かなパス交換を行いながら、ビルドアップの担い手として攻撃を下支えした。

 そして何と言っても、前半15分の得点シーンだろう。
ゴール前のこぼれ球から相手のパスを素早い出足でカットすると、そのままドリブルで持ち運び、左サイドから切れ込んで左足を一閃。強烈な弾道で柏レイソルのゴールネットに突き刺したのだ。

 実に鮮やかなミドルシュートだったが、自分でドリブルしてシュートに持ち込んだ判断も見事だった。「態勢がよくなかったので、態勢を整えてからシュートを打とうと思った」とネット本人は説明していたが、きっとボールを奪った瞬間には、すでにシュートを打つイメージはできていたに違いない。経験に裏打ちされた一連のプレーで、5試合連続無失点中だった若い柏レイソル守備陣を粉砕した一発だった。

 試合は3-1で勝利。2009年以来勝ちがなく、鬼門とも言われている日立柏サッカー場で公式戦連続ゴールをあげている殊勲者は、ゴール裏のサポーターの前で挨拶する儀式で、日本語で「アリガトウゴザイマス」と言い続けていた。サポーターにとっても、ネット本人にとっても、忘れられない会心のゲームとして刻まれたことだろう。

 今季の目標を聞くと、エドゥアルド ネットは明確に「タイトル」と口にした。

「ひとりのサッカー選手として、このクラブにいるので、目標はやはりタイトル。それ以上、それ以下はないと思ってます。もっともっとクラブの力になりたいと思ってます。チームがタイトルを取ることで、チームがもっと強くなるし、タイトルを取ったということは、ひとりひとりの名誉にもなります」

 そのために必要なものは何なのか。彼はこう言い切った。

「団結です。団結力がなければチームは勝てないし、タイトルも取れない。団結すれば自然と勝利がきます」

 クラブ20周年の今年、ブラジルからやってきた明るい男は、プレースタイル同様にピボーテのような中心軸となることを目指している。エドゥアルド ネットのもたらす変化は、きっとチームをより高みへと導いてくれるはずである。

マッチデー

   

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[えどぅあるど・ねっと]

アヴァイFC(ブラジル)から加入した足下の技術と球際の強さを兼ね備えたレフティー。ブラジルではボランチや左サイドでプレー。相手の攻撃の芽を摘むだけではなく、ボールを奪ってからの展開力にも定評がある。懐の深さを生かしたディフェンス術、そして長短のパスを使い分けるプレースタイルは、チームに新しい風を吹き込んでくれそうだ。

1988年10月24日、ブラジル
バイーア州生まれ
ニックネーム:ネット、エドゥアルド

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