ジェシ選手 DF5/JECI Jecimauro Jose Borges dos Santos
テキスト/麻生広郷 写真:大堀 優(オフィシャル)
text by Aso,Hirosato photo by Ohori,Suguru (Official)
10月12日、埼玉スタジアムで行われたナビスコカップ準決勝第2戦、浦和レッズとの一戦。
フロンターレは0-1で敗れ、アウェイゴールの差で決勝進出を逃した。試合終了の笛が鳴った瞬間、
多くの選手が呆然と立ち尽くすなかで、ジェシはピッチに仰向けに倒れ込み、しばらく天を仰いでいた。
「明日はピッチに立つ選手、ベンチに入る選手だけではなく、チーム全員の力が必要だ」
ナビスコカップ準決勝第2戦試合前日。個人的に選手全員をミーティングルームに集め、ジェシはこう話したという。
「大事なゲームの前は、まず全員がいい状態をキープし、ピッチでプレーしたいという強い気持ちを持ってトレーニングからやっていかないと。そしてメンバーに入った選手はプレッシャーを感じるのではなくて、その場で楽しむ喜びを感じながらプレーしなければならないと思う」
来日して2年目ながら、守備の要としてチームメイトたちから信頼を勝ち得た。また、その実直なキャラクターも受け入れられ、ピッチ内外から現在のフロンターレを支えている。
「クラブの仲間たちと一緒に過ごしていれば、信頼関係は自然と築けていけるものだと思う。いまではみんなのプレーの特徴だけではなくて、性格や趣味などもわかるようになってきたしね。一緒に食事へ行ったりもしたし、そういったコミュニケーションもグループでやっていくためには大事なことのひとつ。そういった信頼関係がグラウンドの中で表れる。そしてピッチ内外で親交が深まれば深まるほど、ひとつのファミリーとして仕事ができると思う。悲しいときはみんなで悲しみ、嬉しいときはみんなで喜び合えるんだ」
ジェシはトレーニング中はもちろんのこと、クラブハウスでも分け隔てなくチームメイトと接する。年齢や立場は関係ない。ときには真剣に話し合い、ときにはふざけ合う。もしかするとブラジル人のジェシだからこそ、日本人同士なら軽く流してしまうようなことでも敏感に受け止められるのかもしれない。
「グラウンドだけじゃなくて私生活についても、もし自分に何かできることがあればやりたい。ただ、ああしなきゃいけない、こうしなきゃいけないというような言い方はしない。自分の経験のなかでこうした方がいいんじゃないかというアドバイスを送って、彼らがその意見に同意できれば納得してくれると思う。もちろん自分だってミスをするし、間違いをおかすことだってある。だからそれはお互い様なんだ」
ジェシは日本でのプレーを経験し、Jリーグはチーム間の力の差が少なく、チャンスをつかめば一気に上昇し、ミスやアクシデントが起これば一気に急降下するリーグだと感じた。と同時に、フロンターレはつねにタイトル争いができるポテンシャルを秘めたクラブであることも確信した。またジェシ自身のパフォーマンスとしては、去年来日したての頃はいい状態でプレーできたが、膝を負傷してから違和感があり、なかなか自分のイメージどおりにプレーできなかったと昨シーズンを振り返る。
「でも、いまとなっては痛みもなくなり、元の状態に戻ってきている。振り返ってみれば、去年はいい年だったと思う。残念ながら怪我をしてしまったけれど、そういうなかでもいい1年を過ごすことができたと思うし、ある意味では新たな経験をすることができたわけだから。だからいい面、悪い面含めて、これからは同じようなミスをしないようにやっていきたい」
しかし今年、神様はジェシに新たな試練を与えた。妻アンドレイアの病気だった。
ジェシは夏場の前にブラジル帰国を余儀なくされている。非情にデリケートな問題であり、そのことに触れていいものかと躊躇したが、話したくなければ話さなくてもいいという前提での問いかけに対し、ジェシは少し間をおいてゆっくりと話しはじめた。
「1人ひとりの人生というものは、すべて順風満帆とはいかない。ときには障害や問題が起きてくると思う。今年のチーム状態はスタートから良かったと思うし、個人的なところでいえば息子も小学校に慣れ、妻も1人で外に出かけられるようになった。何も問題なく過ごしていたんだ。ところが突然、自分の人生、そして家族の人生でもすごく大きな障害が現れた」
日本の病院でアンドレイアの体に異変が見つかり、ブラジルで再検査をしたところ、いくつかの腫瘍が見つかった。ジェシはクラブに了承を得てブラジルに戻り、妻の看病に専念することになった。
「ブラジルに戻ってからは病院通いの日々だった。妻の付き添いで病院に泊まったり、違う病院を探して専門家のところに相談に行ったり、いくつかの施設を回った。自分自身のコンディションを落とさないように時間を見つけてトレーニングをしていたけれど、正直なところ、食事を摂る気にもならない時期もあった。日本に戻ったときにはチームにフィットできるよう、心がけてはいたけれど」
息子のカイキはジェシの母親やアンドレイアの母親に面倒を見てもらい、ジェシは妻の看病を中心とした生活を送った。そのかいもあってアンドレイアさんの手術後の経過は順調で、病状は徐々に回復へと向かっていった。だがジェシにとって、日本に戻るということがどれだけ重大な決断だったかは容易に想像できる。
「家族のこと、妻のこと。いろんなことが頭のなかで巡っていた。彼女の病気は軽いものではなかったけれど、自分としてはフロンターレのことも考えなければいけない。何が正解で、何をしなければいけないのか、本当に悩んだ。日本でプレーすることが決まったときに『フロンターレでタイトルを獲りたい』と妻や息子に話したし、1年目から日本の皆さんがすごく親切に接してくれた。だから2年目、日本に戻ってくるときにも、昨年の経験を生かして必ず目標を達成するという強い気持ちで来日したんだ」
実は、ジェシは日本に戻るべきだと最初に声をかけたのはアンドレイアだった。
「1人でいるのは大変だけど、ジェシには日本に戻って欲しい」
愛する妻の言葉が、日本に戻るべきかブラジルに残るべきかで悩んでいたジェシの心を大きく動かした。
クラブから猶予を与えられブラジルで1日1日が過ぎていくなかで、日本ではフロンターレに関わるすべての人たちが目標に向かって進んでいる。家族を一番大切に考えなければいけないことと、自分自身のサッカー人生とのはざまで悩んでいた夫を見て、長年連れ添った妻も感じるものがあったのではないだろうか。幸いなことにアンドレイアの2回目の手術が成功し、検査結果も良好だったこともジェシの背中を押した。「シーズンが終わりブラジルに戻るときには、何かひとつのタイトルを手土産に妻のもとに帰りたい」とジェシは心に誓い、日本行きの飛行機に乗り込んだ。
「もちろん勝負事だから結果がどうなるかは誰もわからない。でも、その目標に向けて精一杯できることをやっていきたいという気持ちは、人一倍強くなった。チームのみんなだけじゃなくて、クラブ関係者、フロンターレで働いている人、そしてサポーターの皆さん全員に幸せな気持ちになってもらいたい。とすれば、やはりタイトルを獲ることが僕の感謝の気持ちを表現する最大の方法だと思うし、みんなが幸せになれるんじゃないかな」
8月頭に日本に戻ると、ジェシは「サポーターには心配をかけてしまった。自分の口からちゃんと説明したい」という旨をクラブに申し出た。8月10日、等々力で行われたFC東京戦の試合前、ジェシはサポーターの前に立ち、涙ながらに感謝のメッセージを伝えた。
「遠い日本からメッセージを送ってくれたサポーターに、感謝の気持ちを自分の言葉で伝えたかった。サポーターがどんな行動を起こしてくれていたのかはインターネットなどで知っていたし、本当にポジティブなエネルギーをもらっていたんだ。ただ、自分の人生のなかでもこれ以上ない苦しい時間を過ごしてきたので、その思いを言葉にしたとき、いろいろな感情が湧き出してしまった」
治療に専念したことでアンドレイアの病状は悪化することもなく、現在はいい状態にあるそうだ。ジェシにとっては自分の仕事に集中できる環境が整いつつある。リーグ第21節甲府戦から復帰(○川崎3-1甲府)。2か月以上ゲームをやっておらず万全のフィジカルコンディションとはいえなかったが、それでも危機察知能力に長けたジェシが戻ってきたことにより守備陣の安定感が増したように見える。
「僕が日本に戻ってきた頃、チームはここから上に行けるのか、それとも下に落ちるのかという分岐点にあったと思う。だから最初にやらなければいけないと思ったのは、短期間でコンディションを上げてゲームに出場すること。甲府戦は本当に自分の経験だけでプレーしたようなもので、体に関してはまだ全然でき上がっていなかった。あの頃はあまり動きすぎると体力を失うことがわかっていたので、予測したポジショニングをとりながら無駄に走らなくていいよう意識してプレーしていた」
試合を重ねるごとに、試合状況を見ながら積極的に攻撃参加する場面も増えてきた。これはジェシのコンディションが上がってきた証拠だろう。攻撃的なチームカラーのフロンターレを警戒して対戦相手が守備を固めてきたとき、ジェシのセットプレーの高さ、そして機を見たオーバーラップはチームの武器となっている。
「うちの攻撃陣は素晴らしい選手たちだけど、前だけでは崩し切れないゲームもある。相手がディフェンシブなプランを立ててくるときは、うちの攻撃陣に対して厳しいマークをつけるトレーニングをしてきたということ。であれば、後ろの選手が前に上がっていくことによって、相手は想定とは違う守り方をしなければいけなくなる。そうなれば相手のバランスを崩せるんじゃないかな。もちろんそれは毎試合できるようなものではないし、試合状況や自分のコンディションをふまえてしっかり見極めていかなければならないけど、チャンスがあればどんどん積極的にプレーしていきたい」
ナビスコカップは準決勝敗退となったが、リーグ戦は第29節を終えた時点でフロンターレの勝点は48。終盤戦の結果次第では上位も狙える位置につけている。ジェシ自身も個人の成長、チームの進化を実感しつつ、自分たちに課された問題もしっかりと見つめている。
「自分の意見として迷いなくいえること、それはフロンターレはJリーグのなかでもトップクラスの素晴らしいチームだということ。他チームにいるブラジル人の友だちからも、『フロンターレはいい状態になってきたね』といわれるようになったし、うちの試合を観てくれているブラジルの知り合いからも『素晴らしいチームだと思う』といわれるようになった。
ただし、シーズン序盤の勝点を取らなければいけない対戦で取りこぼしがあったのも事実。あのときのゲーム内容や状況を考えると、負けてはいけない試合、引き分けてはいけない試合で勝点を落としてしまった。鳥栖戦(第26節 ●川崎0-1鳥栖)もホームで負けてしまっているし、そういった勝点を計算するといままで8ポイントは勝点を落としてしまっているんじゃないかな。
広島や浦和といった上位チームとの対戦ではいいゲームをして勝利を収めている一方で、下位のチームに対して苦戦を強いられることが多い。一戦一戦が難しいゲームであって、楽な勝負はひとつもない。だから、どこが相手であれ自分たちの力を100%発揮しなければいけないし、そういった安定感を出していかなければならないと思う」
「まず普段のトレーニングで怪我をしないこと。そして今の状態をしっかり保ち、怖がらずにプレーすることができれば、必ずいい結果がついてくる。そして90分間、楽しんでプレーをすること。サッカーを楽しみながら自分たちのスタイルを続けていくことができれば、結果が出ると信じている。もちろんどの大会でもトップを取ることが一番の目標で、最低の最低条件として来年のACL出場権を勝ち取りたい」
今シーズンも残り少なくなってきた。現時点でフロンターレに残されたチャンスは、リーグ戦と天皇杯のふたつ。ジェシの目の前の一戦にかける思いは並大抵のものではない。第29節磐田戦(○川崎2-1磐田)では、等々力初ゴールとなる貴重な同点弾を決めた。試合終了間際の大久保の劇的な勝ち越しゴールを決まった瞬間、ジェシはよほど興奮したのか、勢い余ってGゾーンに飛び込み最後の最後でイエローカードをもらってしまった。無駄なカードといわれればそれまでだが、それはジェシならではの熱いメッセージでもある。
最後に、ジェシはこんな話をしてくれた。
「ブラジルに帰っている間もフロンターレの試合結果は毎回チェックしていたし、サポーターがスタジアムで僕の弾幕を出してくれていたのも知っていた。そういったアクションが自分の気持ちを動かすことにもなったんだ。
僕が日本から離れてブラジルで過ごしていたとき、ちょうど病院から家に戻ってきたときかな。アンドレイアが『これを見て!』って携帯電話を差し出して、等々力でサポーターがメッセージを掲げてくれている画像を見せてくれたんだ。それを見た瞬間、感動して涙が止まらなかった。アンドレイアも泣いていたよ。
この素晴らしいサポーターたちに何をしてあげられるのかを考えたとき、一番大きなプレゼントはやっぱりタイトル獲得だと思っている。頂点に立つこと、それがクラブの新しい歴史の1ページにもなるし、自分のためにもなる。この先、どうなるかはわからない。でも、いまは何かひとつ成し遂げたいという気持ちしかないんだ」
涙を流したあとには必ず笑顔が待っている。
ジェシは信じているこの言葉を胸に、日々感謝をして、今日もピッチに立つ。
悲しみのあとには幸せがやってくる。心やさしきブラジル人DFは、クラブが辿ってきた道筋に自分の人生を重ねているのかもしれない。
高さと強さを誇る屈強なストッパー。動じることのない安定したメンタリティもチームに勇気を与えている。来日1年目の昨シーズンは怪我に泣かされ長期離脱を味わったが、日本で2年目のプレーとなる今シーズンは、守備陣のリーダーとしての活躍も期待される。
1980年4月22日
ブラジル、サンパウロ州市生まれ
184cm/80kg
ニックネーム:ジェシ