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FRONTALE DIARYフロンターレ日記

1/14 (土) 2023

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「村田兆治さんの思い出を胸に去り行く照明塔を見送る会」開催しました

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富士通スタジアム川崎

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2023年1月7日(土)に「村田兆治さんの思い出を胸に去り行く照明塔を見送る会」を開催しました。当日は一時、雪予報も出ていましたが、見事な快晴となりました。

これまでも何度もお伝えしてきましたが、富士通スタジアム川崎はかつて「川崎球場」として1952年から1992年までプロ野球チームの本拠地として約2,500もの試合が実施された日本スポーツ史上の歴史的遺産と言える場所です。王貞治選手の700号ホームラン、張本勲選手の3000本安打等の日本プロ野球史に燦然と輝く大記録が生まれ、原辰徳選手率いる東海大相模高校の神奈川予選決勝や、ロッテオリオンズ対近鉄バファローズのダブルヘッダー通称「10.19」では超満員の観客が訪れました。野球ファン、スポーツファンはもちろんのこと、多くの一般市民にも強烈な印象を残し、日本中から知られる場所となりました。

また川崎球場はプロレスの聖地としても知られており、1950年代から60年代にかけて、力道山さんが率いる「日本プロレス」が、ほぼ毎年興行を開催していました。1964年に力道山さんが亡くなった後も、1971年まで、所属選手だったアントニオ猪木さんやジャイアント馬場さん達が毎年のように川崎の地に足を踏み入れ大規模な興行を行いました。時を経た1991年からは大仁田厚さんが川崎球場で電流爆破デスマッチを行い、1995年5/5には58,250人という川崎球場の歴代最多観客動員を記録しています。そして川崎球場が富士通スタジアム川崎と名を変えた後、2020年には佐藤光留選手が23年ぶりにプロレス興行を復活させました。
2022年9月 1日 (木)フロンターレ日記「富士通スタジアム川崎のプロレスが熱い!!」

川崎市が協定を結び、現在の富士通スタジアム川崎の主役ともいえるアメリカンフットボールにおいては、1971年、現在も活動している名門クラブチーム「シルバースター」が初めて川崎球場で試合を行い(※vs在日米軍)、現在に至る「川崎市×アメリカンフットボール」の礎を築きました。アメリカンフットボールは、その後、90年代に入り、プロ野球と入れ替わるように川崎球場の利用を本格化させていくことになります。

また2022年のプレミアリーグ 2022 EAST初参戦初優勝という快挙を成し遂げた「川崎フロンターレU-18」も川崎球場時代からこの場所を練習場としており、毎日数十名の選手達が将来のトップ昇格を目指して汗を流しています。サッカー・ワールドカップカタール大会にて大活躍した板倉滉選手、三笘薫選手、田中碧選手もこの場所で3年間汗を流していたのです。

「富士通スタジアム川崎」と名前を変え、川崎フロンターレが指定管理者として運営をする現在も、アンプティサッカーやブラインドサッカー等の障がい者スポーツ、富士通スタジアム川崎の最多来場者記録を持つラクロス・SPARTAN SGXトレーニング・ラグビー・アルティメット・グラウンドゴルフ・ポールウォーキング・チアダンス・かけっこ・ボクシング・新しいところではテックボール・ヨガ等々、様々な競技大会やスポーツイベント・クリニックが開催され、多くの競技選手や市民に愛されています。

富士通スタジアム川崎では、この川崎市の誇るべき歴史と歴史的遺構を後世に語り継ぎながら、その上に新たな歴史を積み重ねていこうと、指定管理期間がスタートした2015年以降数々のイベントを開催してきました。それは昔を懐かしむだけでなく、現在富士通スタジアム川崎を利用しフィールド上に立つ人々が「歴史的場面、歴史の積み重ねの上」に立っていることを知って欲しい。そして、その素晴らしさや価値を伝えたい、という思いから来るものでした。そして、この活動は同時に指定管理者である川崎フロンターレによるシティプロモーションの意味合いも含んでいる、今の川崎市を輝かせることになる、とも考えています。

現在の「富士通スタジアム川崎」には、これら数々の競技の名勝負・名シーンやたくさんの多様な人々の思い出が詰まった、この場所を照らし続け見守ってきた「川崎球場」時代の「外野フェンス」の一部と1954年に造られ、今でも現役として活躍する「照明塔」が残っています。そして、この場所で紡がれた数々の歴史を「象徴」する存在として、人々の「記憶」を呼び起こしてくれる存在として愛されてきました。「外野フェンス」「照明塔」を一目見ようとイベントの有無を問わず見学者、巡礼者が日本中から富士通スタジアム川崎を訪れています。

2019年にはこの歴史的遺産の文化財登録を求めた請願が川崎市に提出されましたが、残念ながら正式に「照明塔」の撤去が確定し、2022年7月にバックスタンド側の1塔が撤去されました。

2022年7月13日 (水) フロンターレ日記「歴史がまた1つ」

そして、2023年1月10日(火)からは、前述の照明塔の最後に残った2塔(メインスタンド側のA塔とB棟と呼ばれる塔)の解体、撤去が始まっています。

そして前述の通り、照明塔の取り壊し前最後のイベントを2023年1月7日(土)に開催することになりました。イベントには川崎球場時代の象徴的かつ伝説的存在だった村田兆治さんにスペシャルゲストとしてお声掛けする予定でしたが、残念ながら2022年11月1日(金)にご逝去されました。ご来場いただく願いは叶いませんでした。

215勝という記録もさることながら、手術からのカムバック後の1985年には日曜日ごとに先発、17勝を挙げ「サンデー兆治」と呼ばれ社会現象ともいえる盛り上がりの中、川崎球場が熱狂で包まれました。全力で投げ続ける、その姿は多くの人の心に刻まれています。現役引退後も「離島甲子園」を主催し、島の子供達への野球の普及にご尽力されていました。2019年に開催された富士通スタジアム川崎主催のイベントにもご来場、ご協力いただきました。
2019年2月2日(土)第3回川崎球場今昔物語「君は川崎球場を知っているか?」

ご逝去後、富士通スタジアム川崎に設置した献花台には、その死を悼む人々が1週間で3,000人以上訪れ、改めて、その偉大さが証明されることとなったのです。
2022年11月1日ブログ「村田兆治さんを偲ぶ」

これら様々な背景から、今回の「村田兆治さんの思い出を胸に去り行く照明塔を見送る会」が開催に至りました。そして、その会は富士通スタジアム川崎がこれまで8年間行ってきた活動の集大成ともいえるものと言えます。

当日は「照明塔」の最後の点灯を見届けようと約1,000名の人々が訪れました。フィールド上には村田兆治さんの写真や記事が貼られたボードが展示され、来場された皆様が改めて村田さんの姿と功績を胸に刻みました。スタジアムの外では川崎球場名物だった肉うどんが販売され、当時を懐かしむ人々の長い列が出来ました。

第1部は横山健一さんがナビゲーターを務め、川崎球場に縁のあるゲストをお迎えし、当時を振り返りながら思い出話に花を咲かせました。横山さんは東京球場時代からの熱狂的なオリオンズファンであり、元ロッテオリオンズ応援団であり、元千葉ロッテマリーンズ球団職員を務めた方です。営業、ファンクラブ運営、スタジアム責任者などを歴任し、トークショーや講演会などで「スタンドから見たプロ野球の歴史」を伝え続けられ、川崎球場の歴史を語る上ではこれ以上の人はいません。富士通スタジアム川崎のイベントでは欠かせない存在です。

元ロッテオリオンズ広報担当/千葉ロッテマリーンズ営業部部長を務められた手塚康二さんや、元日本ハムファイターズ内野応援団の及川一已さん等とのトークショーは初めて聞く裏話ばかりで会場は大いに盛り上がりました。観客席には元川崎応援青年団の皆様も駆けつけ、当時の球団旗と共に応援を再現し喝さいを浴びました。

第2部「村田兆治さんの思い出を語り、去り行く照明塔を見送る」では松本秀夫さんをMCにお迎えしました。松本さんはロッテオリオンズを中心に1000試合以上の野球実況の実績を持ち、近年はフリーアナウンサーとしてDAZNでの実況もされています。「川崎球場遺構保存に関する請願」の発起人でもあり、富士通スタジアム川崎でのほとんどのイベントでMCを務めていただいています。

ゲストには村田兆治さんと縁が深く、共に川崎球場、ロッテオリオンズでプレーされた小俣進さん、倉持明さん、水上善雄さん、西村徳文さんという4名の往年の名選手にお集まりいただき、村田さんの思い出を語っていただきました。

小俣さん、倉持さん、水上さんは神奈川県の高校野球出身、小俣さん、倉持さんは、川崎球場をメッカとする都市対抗野球を経験され、さらに小俣さんは、地元川崎区出身、照明塔が見えるほどの距離にお住まいだったというこれ以上ない素晴らしいゲストの皆様によるお話は、笑いあり、涙あり、村田さんへの想いがこもっており、集まった全ての人達の胸に染み入るものでした。(※トークの内容は改めて別の機会にご紹介させていただきます)

日没が近づき、いよいよ最後の「点灯式」の時間がやってきました。
ゲストの皆様が順番に「村田さんとの思い出」、「川崎球場への想い」を語りました。

西村徳文さん
村田さんには本当にいろんなことを教えてもらいました。その教えをこれからも、この野球界の為に、また、野球を応援してくださる方の為にも、その思いを引き継いでやっていきたいと思います。ここにいらっしゃる皆様、そして川崎球場、村田兆治さん、本当にありがとうございました。

水上善雄さん
この照明が無くなるという、本当の最後の時に立ち会えたこと凄く嬉しく思います、そこで14年プレーできたことを誇りに思ってます。私はロッテで野球を出来て良かった。川崎球場で野球が出来て良かった。そこで私の野球人生を過ごせたことを凄く幸せに思いますし、これからも、今後も死ぬまで誇りとして生きていきたいと思います 本当に今日はありがとうございました、本当にありがとうございました。

倉持明さん
12年のプロ野球生活の中で兆治さんと9年やらせていただきました。ストイックな方ですから、私的な会話は無く、練習態度を見て「(この厳しいレベルに)ついていかなきゃいけないのだなぁ」って。東京球場の時代から感じていました。残念なことになりましたが、これからも上からプロ野球を見て欲しいなと思います。

小俣進さん
70年親しんだ、このライト(照明塔)がなくなるのは寂しいです。大きな市庁舎を作るような川崎市ですから、何かモニュメントか何かを残してくれるとは思うんですけど、(照明塔は)新しいものができるので期待しています。川崎球場がここにあったという事を思い出に残しながら。今日は本当にありがとうございました。皆さんまた野球を応援してください。

松本秀夫さんは時折、言葉に詰まりながら、村田さんのプロフィール、キャリアを読み上げ、
そして、16時40分
2基の照明塔、最後の点灯となりました。

去り行く照明塔、村田さんの思い出、会場に集まった約1,000人の皆様、全員で黙とうを捧げました。
静かな濃密な時間が流れました。

そして17時、会が終了しました。
照明はまだ輝いています。来場者の皆様は「照明塔」の撮影をしながら別れを惜しんでいます。中々家路に着けません。

いよいよお別れの時がやって来ました。

2023年1月7日、18時15分。
1954年、プロ野球「高橋ユニオンズvs西鉄ライオンズ」戦の初点灯から休むことなく、数々の名場面、たくさんの人々の思い出を照らし続けた照明塔の灯りが静かに消されました。

村田さん、そして村田さんが愛した川崎球場最後の遺構を、最大限の敬意と愛惜を持って送り出せたのではないかと思います。ご来場いただいた皆様、ゲストの皆様、そして、村田兆治さん、ありがとうございました。

この日の全ての出来事も、川崎球場から富士通スタジアム川崎に至る、この場所の新しい歴史の一ページとして、皆様の思い出の1ページとして後世に語り継いでいただければと願っています。

川崎球場遺構保存に関する請願

■川崎球場から富士数スタジアム川崎に至る歴史に関して

富士通スタジアム川崎では、この場所を、後世に伝えるべく、2015年以降、数々のイベントを開催してきました。これらのイベントでは川崎球場に縁がある多くのゲストにご来場いただきました。10.19のメインキャストと言える高沢秀昭さん、10.19の年に入団した堀幸一さん、神奈川が生んだ甲子園優勝投手、愛甲猛さん、準優勝投手、前田幸長さん、近鉄側から10.19を見ていた村田辰美さん、川崎球場での唯一の日本一を経験した元大洋ホエールズ土井淳さん、そして中塚政幸さん、(オンラインでの参加となりましたが)ミスター10.19、高校時代の最後の試合も川崎球場だった阿波野秀幸さん、伝説の高橋ユニオンズの佐々木信也さん、元祖メジャーリーガーであり法政二高卒の村上雅則さん、そして村田兆治さん。その村田さんを見送っていただいた小俣進さん、倉持明さん、水上善雄さん、西村徳文さん。皆様、本当にありがとうございました。

照明塔は解体されますが、この場所で刻まれた輝かしい歴史は消えることはありません。富士通スタジアム川崎ではこれらの歴史を語り継ぎ、新たな歴史を積み重ねていきます。

■富士数スタジアム川崎で開催された主な「川崎球場の歴史を振り返る」イベント

2016年3月5日(土)「川崎球場10.19~あれから10,000日~」

2017年1月28日(土)「10.19を中心に川崎球場の歴史を振り返る」

2017年1月30日(火)「川崎球場の歴史を振り返る」

2018年2月3日(土)「かわさき球場、今から見るか?昔から見るか?」

2018年2月7日(水)「かわさき球場に想いを馳せる1日」

2018年10月19日(金)「10.19から30周年イベント」

2019年10月19日(土)「あれから31年目の10.19!」~近鉄戦士・加藤哲郎さんと共に川崎球場(現:富士通スタジアム川崎)隣の川崎競輪場で振り返る~」

2020年3月28日(土)「第4回川崎球場HISTORY~川崎球場の歴史を未来に引き継ぐ~」

2022年3月12日(土)さよなら照明塔企画第1弾!「西村徳文さんトークショー」

2022年6月25日(土)川崎区制50周年記念事業「さよなら照明塔企画第2弾!佐々木信也さん・村上雅則さんトークショー」

2015年10月19日 ブログ「10.19」

2016年10月20日 ブログ「10.19」

2017年10月19日 ブログ「今日は10.19」

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